バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

50 けじめ

舞台裏に戻ってきた出場者一同。喜咲はわんわんと泣いてるが、もう彼女に声をかける人はいない。
「き、北河さん、ファインプレーでした……」
 丸久が北河に声をかける。北河は彼女に応えるように手をひらひらさせる。
「僕は真実をお伝えしただけだ。誤解が招く混乱は深まっていくほど解くのに時間がかかってしまうものだしね。それに、今回のファインプレーは僕じゃない。身を挺してでも自分の仲間とあのベースの子を守り抜いた羽鳥さんのほうさ」
 安藤は顔を上げて周りを見渡す。
「……その羽鳥は、どこいった」
「え? いないの?」

 


 座り込んで泣きじゃくる喜咲の目の前に誰かが立った。喜咲が顔を上げる。青い衣装に身を包んだ、羽鳥日菜。
「……何よ」
「……大丈夫、じゃ、ないよね」
 喜咲は勢いで羽鳥の胸倉を掴んでいた。
「あんたのせいよ! あんたのせいで! 完璧だった私の人生に傷がついたじゃない!! あんたがいなければ、あんたがいなければ!!!」

 

「……喜咲様」
 二人の方に声をかける低い声。喜咲はその顔を見た。
「芭虎……?」
「もうやめましょう。自分の履歴の「傷」から目を背けるのは」
「何言ってるのよ! 私は完璧だったのよ! 貴方、自分が何を言ってるか分かって」
「華怜」
 喜咲は鋭く息を吸う。
「……家のしきたりに従ってお前を止められなかったのは、俺の過ちだ。でも、俺も分かっていた。お前の考えは分かる。喜咲家に生まれた以上、常に名を上げなければならない。だが、お前は方法を間違った。……今回だけじゃない。今までお前は何人傷つけたと思っているんだ」
「芭虎……! 貴方もそんなことを言うの!? 許さないわよ、貴方も解雇されたいの!?」
「それならそれでいい。……いや、それ「が」いい。そうすれば、俺たちはもとの「幼馴染」に戻れるだろう」
「!」
「幼いころのように、気兼ねなく思ったことを言い合える間柄。独りになってしまったお前に今必要なのは地位でも名誉でもない。お前を止められる存在だ」
芭虎は喜咲の腕を掴み、羽鳥から引き離す。そして、こちら側に顔を向けない喜咲を抱えたまま芭虎は羽鳥に深く頭を下げた。
「この度は、喜咲華怜が粗相を申し訳ございませんでした。そして、辻宮と菊園の声を聞き届けてくださり、ありがとうございます。彼女の事はあとは俺たちで片を付けます。……これ、頬の赤みが引くまでお使いください」

 

渡されたアイスノンをしばらく眺めていた羽鳥だったが、やがて顔を上げ、こちら側も芭虎に頭を下げた。
「辻宮さんと、菊園さんっていうんですね。あの方々にもよろしくお伝えください。綺麗にはいかなかったけど、私は応援してます。……勿論、喜咲さんのことも」
「!?」
「再三いわれてますしこれからも言われるでしょうから、私はもうこの件に関して口を出すことはしません。……でも、私、貴方のパフォーマンス、凄いと思ってました。もし、こちら側に帰ってくることがあったら、その時はまた対バンしてください」
 羽鳥はもう一度芭虎に頭を下げ、喜咲の返事を待たずにその場を立ち去った。