バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

51 先を見つめて

 数日後、虎屋から呼び出された羽鳥は待ち合わせ場所の駅前時計台付近に足を運んだ。見ると、虎屋の他に面識のない二人の男女が立っていた。
 年齢は自分たちと同じくらいか。女性はスポーツ系の真面目な印象を、男性は軽い印象を受ける。その制服に羽鳥は既視感を感じ、首を傾げながらそちらへと向かった。
「お待たせ、イズミちゃん。……そちらの方は?」
「ひなちー。……この間のグレフェス、覚えてる?」
 忘れるわけがない。羽鳥は頷く。
「……彼女たち、Beau diamantの元ベースと元DJ」
「!」
「元々ベースの彼女が私と北河くんに声をかけてきたのが最初だったの。リーダーの喜咲を止めてくれってね。それからずっと警戒してたんだけど、手を出すのが遅くなってしまって、彼女と、彼女を支えていた彼がまとめてやめさせられた。ああ、安心して。今は部活で別のバンドに編入してるわ」
「……」

 

 女性の方が歩み出て、羽鳥に深く頭を下げた。
「Beau diamant元ベース・辻宮絢です。……先日は、ありがとうございました」
「頭を上げてください! 私はなにもしてません!」
「いいえ。貴方が動いてくれたから、喜咲はようやく自分の間違いを認識した。否定していても動かない事実。この後彼女がどうするかは知らないけど、これで、楽になれる」
 辻宮の声は震えていた。その涙がどの感情から来るか羽鳥にはわからなかった。どういう形であれ喜咲を落としたこと、もしくは喜咲から離れられたことに喜んでいるのか、それとも。

 

「……辻宮さんは、今後、何がしたいですか?」
「え?」
「バンド活動、続けられるのかなって。もしそうなら、いつかライブでご一緒したいなと思ってて!」
 辻宮は視線を落とした。
「……高校を卒業したら、音楽活動は一度やめるつもりです。あくまで部活の一環でやってましたから。卒業したら大学に通って……、保育士に、なりたいんです」
「……そっか、それは残念です。でも、きっといい保育士さんになりますね!」
 羽鳥は辻宮に笑いかけた。成人のような羽鳥の行動にまた一人救われたのだった。

 

 

 その後、折角こうして顔を合わせたのでどこかでお茶でもしようと言う話で一致した四人。その場から離れようとしたとき、彼女たちの背後に声が投げられた。

 

「羽鳥さん」

 

 四人が振り返り、同時に驚く。そこに立っていたのは、ギターを背負った黒づくめの、眼鏡をかけた男性。羽鳥を除く全員はその顔を既に深夜帯のテレビで何度も見ていた。
「あれ、お笑い芸人の、かわずさん……?」
「何でこんなところに? ひなちー、知り合い?」
「ていうか、かわずかなたって、死ぬほど音痴だったはずじゃ?」
 羽鳥だけは、他の三人と驚きの質が違った。
 震える声でこちらも返す。彼は他の誰もが知る存在ではない。数年前、本気で音楽をやりたいからと羽鳥の前から姿を消した存在。そして、

 

「――陽、さん?」

 

 『アベルとカイン』と一番深く交流をしていた、「天才」だった。