バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

8 忌み子と人の子

昼食の時間になっても巌流島は食堂に現れなかった。甲賀に訊いてみると、彼女は困ったように笑ったのだ。
「あの人、一度調べものを始めると夢中になって時間を忘れるんです。私も後で向かいますが、よろしければ、おにぎりでも持って行ってくれませんか」
そう頼まれた華村は食堂の隊士におにぎりをお願いし、自分はお茶を淹れてトレーに乗せた。

 

「巌流島さん、入りますよ」
ノックを3回。ドアを開けると畳の匂いがふわりと舞い上がった。
青空の光が全開の窓から入り込む。部屋の壁には大量の本と古びた紙の束が並べられ、貼られ、所狭しと重ねられていた。
「巌流島さん!」
華村が後ろから呼びかけ、巌流島はようやく反応したように机に向かうのをやめた。ゆっくりと振り返り、ああ、と声を漏らす。
「華村君か。今、何時かね?」
「一時半です。ご飯に来ないから甲賀さんが心配してましたよ」
「そうか。すまないことをしたな。そのおにぎりはそこに置いてくれないか」

 

小さなちゃぶ台の上におにぎりを置くと、華村は自然と巌流島の近くに寄り添った。
「何の研究をしていたんですか?」
「忌み子の歴史だ。古来より言い伝えが続いているようだからな」
机の上には大量の紙。ノートやプリントが束になって乗っていた。
「私も忌み子だが、ついてきた忍には迷惑をかけたくないのでね」

 

「……ん?」
その言い回しに、華村は引っかかる所があった。
「その、もしかして甲賀さんは、忌み子じゃない……ん、ですか?」
「ははは、ばれてしまったか。なぁ、忍」
巌流島が言うので後ろを振り向くと、甲賀が資料をもって立っていた。
「華村さんの言う通りです。お館様は忌み子ですが、私はただついてきただけの存在です」

 

「わしと忍は同じ村の出身なんだが、わしは忌み子であるという理由で地下に監禁されておった。皆暴行を加えて行ったが、忍だけはわしと遊んでくれたんだ」
懐かしむように巌流島は視線を上げる。甲賀も微笑みをたたえて続ける。
「しかし、それがばれてしまって私は村八分に合い、村を追い出されました。お館様に二度と近づくなと。しかし、それであきらめがつくほど、私は単純ではありませんでした。村から遠く離れた集落に四神の申し子がいる。彼らは忌み子を引き取っている。その情報を掴んでいた私は寝食を忘れ助けを求めに行きました」

 

「本当に驚いたね。まさか、見捨てたと思っていた忍が、四神の申し子を連れて助けに来るなど思ってもいなかったのでな」
華村は仲良くしている二人を見ると自然と笑顔がこぼれるようになっていた。信頼し合えるパートナーというのだろうか。とにかくそういう存在にあこがれがあったのは言うまでもない。

 

「それで、忍。書庫の資料は見てきたかね」
「はい。大まかにこのあたりが」
華村は立ち上がり、二人を一度見送って戸を閉めた。