バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

9 「無残」、そして「美麗」と

応援要請。その話を聞いた華村は巌流島と甲賀に率いられ獣道を走っていた。
甲賀さん! この先に怪物がいるって、本当ですか!」
「間違いありません。しかも群れです。既に喧騒が耳に入ってくるでしょう?」
「華村君、協力を要請したのは我々だが、無理だけはしないでくれ。若手がいなくなるのはこちらとしても痛手だ」
「分かりました」

 

たどり着いた村は既に火の手が上がり、石川の隊士が黒い怪物たちと対峙していた。
「お館様!」
隊士の一人が気づいて叫ぶ。振り向く彼らの顔には、安堵。
「来てくださったのですね!」
「お館様がいるなら百人力だ!」

 

「村の人間は無事かね?」
「大丈夫です。全員避難させました、けが人はいますが死者は出ていません!」
「よくやった、あとは我々に任せたまえ」
隊士たちがまとまって避難所まで走るのを見送り、三人は周囲を見回した。

 

「巌流島さん、これだけの数、僕たちだけでどうにかなるのですか?」
「任せたまえ。忍、華村君、この辺りまで怪物をかき集めるのだ!」
「了解!」
華村は空をなぞる。光が溢れ出し、引き寄せるとそれは、田辺から預けられた鎖鎌へと姿を変えた。忍も腰に下げていた苦無を取り出す。
「東側は任せました。南の方角に大きいのがいます。お気をつけて」
「分かりました。甲賀さんも無理はなさらず」
「優しいのね、華村君は」

 

黒い怪物は華村の姿をみるなり例外なくとびかかってくる。華村は鎖でそれをいなしながら走る。その道中で見つけたのだ、一層大きな怪物を。
怪物もこちらに気が付いた。ゆったりとした動作でこちらに向き直る。
いままでの自分なら腰を抜かしていた。けれど、負けるわけにはいかない。
「来い、化け物」
華村は挑発して走り出した。怪物の群れが、徐々に北側に集められる。

 

「巌流島さん!」
華村が声を上げた。同時に甲賀も顔を出す。巌流島は一つ頷くと、空をなぞり、一振りの太刀をつかみ取った。すぐさま柄に手をかけ、居合の構えをとる。

 

「聞け、森羅万象の意思よ。わしは「白虎の申し子」の意思を持つ者。「無残」の忌み子、ここに現れん」

 

一瞬だった。遅れてくる強い風で華村はそれに気づいたくらいだ。巌流島の姿は怪物たちの背後に跳び、刀を抜いていた。
「……我、操るは一撃必殺の剣」
血振りをし、親指の腹で太刀をなぞる。
「故に振り返りし隙を与えず、残るは音のみ」
納刀された太刀は僅かに刀身を残すのみ。華村は気が付いた。怪物の群れが、微動だにしない。
「……斬」

 

カチリ
刀が仕舞われた音が響く。瞬間、怪物は次々と悲鳴を上げ、その場に倒れていく。
「すごい……」
華村は思わずつぶやいていた。素質や才能だけでは頭角を現さない、「努力」によってなされる技。一瞬にして最大限の集中を成す巌流島だからできた、居合。

 

「! お館様!」
甲賀のその声で華村と巌流島は気づいて振り返る。
「……うそじゃろ?」
巌流島が絶句する。あの巨大な怪物が、よろよろと立ち上がっているのだ。

 

華村は感づいていた。巌流島の居合は集中力の上に成り立つ。故に、こうした緊急事態に弱いのだ。
だが、先ほどの居合を食らって殆ど体力は残っていないと見た。
「……」
ならば、僕のすべきことは一つ。集中できる時間を作ればいい。

 

華村は鎖を放つ。自在に操られたそれは怪物に襲い掛かり、体を拘束した。
「華村君!」
「……僕についてきたんだ。相手は僕だろう、怪物……」
華村の眼には、光が灯っていた。
「『僕を見ろ』!!」

怪物の動きが止まる。華村が目配せすると、巌流島は再び居合の構えを取った。

 

巌流島の刀に貫かれ地面の溶けていく怪物を見ながら、華村は正気に戻って動けなくなっていた。
「華村君……」
甲賀が肩を貸す。なんとか立ち上がり、二人に連れられてよろよろと歩く華村は僅かに笑っていた。
「華村君、君はもしかして、自分の「素質」に気づいていたのか?」
巌流島の言葉に、華村は笑いかけた。

 

「はい。僕は、そういう忌み子でしたから」