バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

7 見えない存在と「残響」

「……え?」
その生物を見つけた斎藤と立花はぽかんとした。
目の前にいたそれは、小型の黒い猪。それ単体では650キロもあるようには見えない。
「どういうことですか、カワウチ様」
「事前情報との食い違いが見えるのですが」
「いいや、こいつはでかいはずっす。あたしの耳と勘がそう言ってるんすから!」

 

カワウチは空をなぞる。そこから空間が避け光が溢れ出し、それは巨大な槌へと姿を変えた。
「下がるっす、斎藤さん、立花さん! こいつは、あたしがやるっす!」
「了承しました」
二人が茂みに隠れたのを確認し、カワウチは目の前の猪を見据える。
後ろ足を鳴らして威嚇する猪だが、カワウチは違和感を感じていた。
「まぁ、やってみないことには分からないすから!」
正面切って蹴りだしたカワウチは、猪めがけて槌を振り上げる。しかし。
「ぐっ!?」
カワウチの身体が、横に吹き飛ばされた。

 

したたかに巨木に体を打ち付けたカワウチ。戦況を見ていた斎藤と立花は目をそらさないまま言葉をかわす。
「見ましたか、今の」
「ええ。猪はまるで動いていなかった。まるで「見えない何かに飛ばされたよう」でした」
「ま、まだまだァ……!」
よろけながら立ち上がるカワウチ。しかしそこに追い打ちをかけられるように続けざまに衝撃が走り、その身体は高く打ち上げられた。

 

「カワウチ様」
地面に落ちたカワウチに、斎藤と立花が駆け寄る。
「このままでは危険です、貴方の身が持たない」
「うるはに同意します。一度引きましょう。他の隊士を率いて再度……」
「……いいや」
槌を支えに、よろけながらカワウチは立ち上がる。
「わかったっす、こいつの「正体」」

 

カワウチはポケットから黒い帯を取り出した。
「嫌なんすけどねぇ、目隠しなんて」
そう言いながら、その黒い帯で、目を隠す。
「あの時のこと、思い出しそうで」
槌を正面に構え、カワウチは口角を上げる。
「でも、あたしはあの時の弱い忌み子じゃないっすから」

 

「聞け、森羅万象の意思よ。あたしは「玄武の申し子」の意思を持つ者。「残響」の忌み子、ここに現れん!」

 

カワウチは正面から蹴りだした。地面が震える、衝撃が走る。しかし今度はカワウチにその衝撃が加わらない。彼女がかわしているのだ。目の前すら見えてないはずなのに、彼女自身には「全て見えている」ように。

 

「隠したって無駄っすよ!」
カワウチは目の前に迫った猪には槌を振るわず、踏み台にして高く飛び上がった。
「お前は、ここだぁ!!」
横に振るわれた槌は、何もない空間にあったそれをとらえ、大きな音を立てた。
獣の咆哮。じわり。空気をなぞる様に黒い姿が現れ、その場で倒れこんだ。

 

地面にしみこみように消えていくそれを見ながら、カワウチは目隠しを外した。ふらりと倒れそうになる彼女を、斎藤と立花が支える。
「カワウチ様、お見事でした」
「へへ、当然っすよ。はぁ……お腹空いた」
「しかし、驚きでした。このような怪物にも、光の屈折を操る術を身に着けているとは。カワウチ様、よく見つけましたね」
カワウチはその言葉にぽかんとし、返した。

 

「「クッセツ」って、なんすか?」
「え?」
カワウチは照れたように笑う。
「あたし、馬鹿っすから、勉強ほとんどできなかったんすよ」
「では、なぜ先ほどの敵の正体を……」
「「音」っすよ」

 

「あたしは衝撃音で情報を読み取る力がそなわってるんす。だから、遠距離の敵の位置や重さも分かったし、攻撃から本体の形が「見えていた」んすね」
「なるほど。目隠しは音に集中するための道具と」
「そういうことっす」

 

上手く立ち上がれないカワウチに肩を貸し、斎藤と立花は歩き出した。
「今日のご飯、なんすかねぇ」
「何でもおいしく食べる方でしょう、カワウチ様は」
「よくわかったっすね、はは」