バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

22 月がきれいですね

 全員が寝静まった静かな村の一角、宿屋の縁側に巌流島と甲賀は座っていた。月は薄い雲が包み込みわずかにかすんで見える。
「巌流島さん、甲賀さん」
「……華村くんか」
少し困ったように笑う華村は、「隣、いいですか」と二人の横に座る。
「こんな時間に起きるなんて、貴方らしくないわね」
「疲れはたまってるはずなんですけど、眠れませんでした」
「……」
何気なく見上げた華村の銀の瞳に写る月。吸血鬼呼ばわりされていて公にはできなかったが、月は嫌いではなかった。
「月、きれいに見えませんね。僕はこれも嫌いじゃないけど」
「華村くんって、あまり外に出ているイメージないのよね。肌の色も薄いし」
「色素がもともと薄いのもあるんですけど、強い太陽の光は僕にはきつくて。太陽よりは月のほうが好きなんですよ。これを言ったら、いよいよ吸血鬼なんですけど」
「そんなことはないぞ。人間らしく情があり、優しく、強い主が吸血鬼なものか」
華村は力なく笑う。

 

 「巌流島さんは、あの屋敷に住まう方はどれだけ把握なさってるんですか?」
「わしか? なんでまた」
「いえ、あの屋敷には結構な人数が住んでいるのに、巌流島さんは思い出す素振りも間違うこともないなと思って」
「わしが覚えているのは白虎組の面々と仕事を共にしたものくらいかの。申し子たちは全員把握しておるようじゃが」
「やっぱり、あの方たちはすごいや。束になってかかっても勝てる気がしない」
「それは一理ある」

 

 けらけらと笑っていた巌流島だったが、ふっと笑うのをやめて華村のほうを向いた。
「して、お主。なぜここに来た」
「え? いや、だから眠れなくてふらふらっと」
「嘘はよくないぞ」
最初から構えてはいたが、ああ、やはりか、と華村は思った。石川の代わりに白虎組をまとめ、想像もつかない集中力と「暗示」を持つ彼に、彼にすら、勝てるわけがなかったのだ。
華村は自嘲気味にため息を吐き、二人を見た。
「だったら、隠す必要もないですね。……『ついてきてくれませんか』」
「!」
華村の「暗示」……、「美麗」。目のあった相手の自由を一時的に奪う、洗脳の術。それは目の前にいる巌流島も甲賀も知っていたはずだった。
「……はぁ。誰に何と言われてきたんじゃ」
「浩太さんに、一時間ほどお二人をここから離してくれとお願いされまして。無理やりにでも離しておかないと何が起こるかわからないからねと、脅しも付け加えられましたよ」
「いや、それは事実やもしれんかったかもな」
三人は立ち上がる。

 

 「どこに行く?」
「せっかくですから、月や星がきれいに見えるところがいいですね」
「でしたら、昔の遊び場にでもいってみましょうか、お館様」
「そうじゃの」
自分の術にかかったはずなのに、まるで自分の意志のように、二人は先を歩いて行った。