バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

20 言えない本音

安藤の両親が外出していると、虎屋に呼ばれて羽鳥は安藤の家に向かった。数日ぶりで安藤の様子はさほど変わっていないようだったが、冷静に考えれば元々白い顔をしていたので、相当前から具合が悪かったのかもしれない。
虎屋から話は聞いているらしく、いつもより安藤は申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「うちの親だろ」
安藤は口を開いた。
「世間一般的に見れば、両親の方が正しいことを言っているんだ。学校は通って、将来のためにスキル積んで、いつかは名を上げる。両親が音楽界じゃ名誉があるから猶更だよ」
「でも、よしくんはクラシックの道に進むつもりはなかったんでしょ? 両親には言わなかったの?」
「……」
安藤と虎屋のやり取りを、羽鳥はただ静かに見ている。
「何度も言った。俺は別にクラシックをやりたいわけじゃないって。でも、「音楽」をやってるんだから言い訳もできなくて。それに、両親からすりゃ、俺が表に立たないと両親自身の名誉が損失する」
「だからって」

 

「ねぇ」
羽鳥は黙っていることができなかった。
目の前の安藤が、憧れの作曲家が、salvatoreの仲間が苦しんでいるのを、黙ってみていられなかったのだ。
「安藤さんは、「今」、何を思っているんですか」
安藤の呼吸が乱れていく。震えていく。
「……うるさい」
「え?」
「うるさいんだ、「ノイズ」が。親の声が「ノイズ」にしか聞こえない。不快で、頭が痛くて、もう、もうずっと黙っててほしい」
虎屋は知っていた。その奥に、もっと強い感情があることを。羽鳥でも駄目か、そう思った時。

 

「なんだ? また靴が置いてあるぞ」

 

両親が帰ってきた。