バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

21 口撃

「またお前か、虎屋イズミ!」
階下に降りた羽鳥と虎屋は、玄関で男女とはちあった。先方は虎屋を知っているようだったが、いい感情は持ってないと眉間にしわを寄せていた。
「義幸に会わせる気はないと言ったはずだ、早く帰れ!」
男の方は心底怒っているようで、何もわかっていない羽鳥も含めて怒号を飛ばす。だが、虎屋も黙ってはいない。
「よしくんがどれだけ苦しい思いしてるか、まだ理解してないですよね、お二人とも!」
「貴方達が義幸を語る資格はないわ! 血も繋がっていないくせに!」
「そうだ、兎に角帰りたまえ!」
これでは平行線だ。羽鳥の中で焦りが生まれる。

 

「義幸は私たちの子だ。優等生として育ち、音楽の道で大成させるこそがあいつの幸せだ。その幸せを邪魔する貴様の話など聞きたくない!」
「だったら、もっとよしくんの話を聞いてあげてくださいよ! よしくんは音楽が好きです。けれど、クラシックは」
「黙れ!」
なんとなくわかってきた。目の前の男女、安藤の両親は安藤にクラシックのエリート街道を歩ませたいのだ。彼が本気で好きな「音楽」を認めるつもりはないらしい。
「あ、あの」
羽鳥が声を上げようとしたとき。

 

「「虎屋山月」が偉そうに」

 

ぞわり。羽鳥が感じたのは「危機感」。安藤の両親に対してではない。目の前で、こちらから表情が見えない虎屋に対してである。
「……へぇ、本当に、自分の思い通りにいかないと気が済まないんですねぇ」
声のトーンが変わった。ただの怒気ではない。それは、「嘲笑」。
「あんたたちのせいでよしくんがクラシック嫌いになったの、本当に認めたくないんですね? 音楽の道に進ませたいなら、貴方達もよしくんが本当に好きな音楽を受け入れてあげないといけないんじゃないですか? ああ、それもできないんですよね。インターネットミュージックなんて、貴方達のグルメな耳じゃ到底耐え切れないか。食わず嫌いのくせに」
一切の反論の余地を残さない、矢継ぎ早の攻撃。いつもの優しい虎屋は、見る影もない。

虎屋は羽鳥に顔を見せないまま彼女の腕を引き、安藤の両親を押しのけて玄関に手をかけた。

 

「今に後悔しますよ。才能の芽を摘んだのは、間違いなく貴方達だ。」

 

その言葉を残し、虎屋は羽鳥を連れて安藤の家を去った。