バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

67 明りのない夜行列車

「なっ、何だよ!」
突然の消灯に焦って立ち上がるアイラ
それに遅れてゆっくり立ち上がるハシモトは、それにあわせて周囲を見回した
パンタグラフの動作などによる突然の消灯自体はよくあることだが、それでも数本は付いているケースが多い
だが、現在は夜の暗さも相まって街灯と月明かりがなければほとんど何も見えない

いや、「何も見えない」のはおかしいとハシモトは気が付いた
日常的な動作に任せていれば、誰か数名は携帯端末を見ているはずである
つまり、その画面が光源となり、ぼんやりと照らされて見えるはずなのだ
ところが、この二両つながりのワンマン電車にそんな灯りすらもついていない
そして、周りに座っている人たちも、全く動かない

『はぁーっはっは!』
不意に、ノイズに混じった男性の声が社内に響いた
二人が声の方向を向くと、天井に取り付けられた機械から薄く発光する電子ビジョンが現れた
そこに映る、一人の男性の顔

『夜行列車の気分はどうだ、『ハシモト』、『折り鶴』?』
自分の二つ名を呼ばれ戸惑うアイラに対し、ハシモトはすぐに言葉を返していた
「てめェ、『猿回し』だな!」
『ピンポーン! 流石俺、底辺ブローカーにまで名前を覚えられちゃって最高!』

「おい、何だよ『猿回し』って。あいつも殺人鬼なのかよ」
「あいつは大企業の裏で人間を操る「教唆犯」だ。手腕は伊達じゃない」
『ふふふ、そうまで言われると照れるなぁー!』
ケラケラと笑いながら『猿回し』は言った

「それで、俺たちに何の用なんだ」
『決まってるでしょー? 君たちが邪魔だって言われたからー、ここでぶっ殺しちゃおうって魂胆なの』
『猿回し』は画面越しに指を突きつけた
『本当なら『ハシモト』をとっつかまえてゲロ吐かせたかったんだけど、これ以上時間をかけるのは上にも申し訳なくてねぇ。だから、今の計画で一番邪魔になってる『折り鶴』ごと、バーンと派手にやっちゃおうってことで!』

「ちっ……!」
アイラは振り返り、先頭車両へと走っていった
ハシモトもそれを追おうとして、
『おい』
『猿回し』に呼び止められた

『お前さぁ、うちに隠してることあるんじゃねぇの?』
「んなもんねェよ。てめェに構ってる時間すら惜しいんだ」
『あ、そ。じゃあ、上からの伝言だけ教えて、俺はサヨナラしちゃおうかなー』

『「『赤髪の殺人鬼』を、近日中に殺す手立てができた。あとは居場所を突き止めるまでだ」……ってさ』
「……!」

『あっはは! それじゃあ俺はこの辺にしよっかなー』
『猿回し』が画面前のキーボードをたたく
途端に、それまで座席に座っていた乗客が次々と立ち上がった
「なんだよこれ。話には聞いてたけど気味悪ィ……!」
立ち上がった乗客が、生気を吸い取られた化け物のようにこちらに近づいてくる
ハシモトは拳銃を抜くと、座席に置いてあった荷物を取り上げ、牽制しながら下がっていった

『ねぇ、聞こえる、『折り鶴』?』
再び響く『猿回し』の声。そして彼はつづけた
『あんまり殺したら、自分も死ぬよ?』

耳を塞ぎたくなるような強烈な音が、ハシモトの耳に届いた
まさか。そう思って彼は牽制をやめ、先頭車両の運転席まで走った
扉はこじ開けられていた。ハシモトがそこに飛び込む
そこで彼が目にしたのは

床に伏せる、首のひん曲がった男の死体と、左手を見つめるアイラだった