バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

34 無表情の裏のやさしさ

「んっ……」
視界に光が差し込み、ぼやけていた意識がはっきりしていく。
紫音は重い体を支え、起こそうとする。そこに添えられる誰かの手。
「大丈夫、紫音ちゃん?」
甲賀、さん?」

 

紫音は思い返す。確か、憎き白虎の申し子を倒そうとして、衝撃に襲われて気を失ったはずだ。そうだ、そういえば。
「蒼音ちゃんは!?」
「大丈夫。そこにいるわ」
甲賀の示したほうを向けば、外壁に寄りかかってぼんやりと空を眺めている蒼音の姿があった。
「ツバサちゃん!」
「! ツボミちゃん、大丈夫?」
「私はへい……き……?」
そこでツボミは気が付いた。
気絶するほどの強い衝撃に襲われたことには間違いない。しかし、体に怪我はおろか、かすり傷ひとつ残っていない。
「何で……?」
「あいっ! たっ! たたたっ!」
そんな声が聞こえて振り向くと、石川が巌流島に肩を貸してよろけながら歩いていた。
「ったく、年上に無茶させるんじゃない!」
「わりぃわりぃ、あそこまで忠実に指示を守るなんて思わなくてよ」

 

「あの人、確か私たちを「斬った」はずじゃ……?」
「いいえ、最初から貴方達を「斬る」つもりはなかったわ」
不思議そうに巌流島を眺める紫音と蒼音に、後ろから甲賀は声をかける。
「罪のない人間を傷つけるなとずっと言われ続けてきたし、彼自身もつらい目にあってきた。だから、事態を収束させるために、貴方達にしたのは峰打ちよ」
そこまで言って、蒼音が顔を上げた。
「もしかして、白虎の申し子が一切私たちを攻撃しなかったのって」
紫音も気が付く。確かに拳銃や蹴りを使っていたが、それはすべて攻撃を受けるもの。あちら側から攻撃することはなかった。甲賀は頷く。
「貴方達の誤解を解きたかったの。だから、御館様に峰打ちを指示していた。そのうえで、力を十分に発揮できるまで時間を稼いでいたの」
甲賀は笑って二人の元へ歩み寄る。
「これで分かった? 少なくとも彼は、救える魂をあきらめる人ではないわ」
紫音と蒼音は顔を見合わせた。
「……ええ。私たち、熱くなってたわ」
「ごめんなさい。悪気はなかったの」
「ええ。わかってる。……で、この話を聞いたうえで二つ、相談に乗ってくれない?」

 

甲賀が頼んだ二つ。
一つ、紫音たちの身の上を明かすこと。
一つ、攻撃しないことを条件に、石川についていくこと、だった。