バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

40 「彼」の本心

 ゆっくりと、東雲はコンピュータに近づく。全員が固唾を呑んで見守る中、東雲はそのパネルにそっと手を触れた。
「初めまして、だね。僕は東雲光里。君、すごくいい声をしているね」

 

その手、否、体そのものが大きく動くことはなく、操作をしている様子もない。東雲はただ青く光る画面を見上げ独り言をつぶやいている。
「本当に、「会話」をしているみたいだね」
感心したように乙哉がつぶやく。その横でリアは返す。
「ええ、彼は「会話」をしているのです。博士は以前語ったことがあります。サイボーグになり、機械に「感情」があることを知ったから、僕は機械の「声」を聴いて、彼らの願いをかなえるために動くのだ、と」
「なるほどね」
そこまで聞いて乙哉は危惧していた。万一、この、世界規模のスーパーコンピュータが我々の対応に不満を覚えていたとしたら。最悪、人間への制裁を考えていたとしたら。

 

「東雲様……?」
斎藤が声を上げた。そちらを見ると、東雲は黙っている。黙ったまま、涙を流している。
「東雲さん!? どうしたの!?」
乙哉が声を上げると、東雲は視線を落とし、首を振った。
「そう、か。そうか。君は本当に、本当に荘厳ですごい機械なんだね……」
そして、乙哉の方を振り向くと、東雲は言った。
「『私は幸せ者だ。こんなにも優しい人間に作られ、育てられ、働くことができるのだから。世界のすべてを私に見せてくれるのだから。私は、そこにいる男女が、この屋敷に住まう皆が大好きだ。これからも彼らのために力を尽くしたい。危害を加えるようなら、私でも許しがたい』……。これが、「彼」のいう全てだよ」

 

 

 東雲は行く当てがなかった。機械王国を作る野望こそあれ、今は機械の声を聴くだけの存在。だから迷いながらリアと共に旅をしていた。
その話を聞いた乙哉は、忌み子ではないが東雲とリアを屋敷に迎え入れ、機材の調整、操作の任を与えることにした。無論、斎藤と立花が二人だけで管理していたスーパーコンピュータの管理チームにも加わることになったのだ。
『改めて、東雲光里だ。よろしく頼む』
『リアと申します。ご挨拶は、帰った時にでも』
二人は今、西の地にいる仲間に声を届けた。