バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

13 雑踏からの忠告

 伊藤浩太は買い出しに街に出ていた。
 人で賑わう市場を、袋を抱えて歩く浩太。人々の往来が激しく、一人一人の顔が見れるわけではない。
「人間も大変だなぁ。こんなところにほぼ毎日立ち入らなきゃいけないなんて」
 彼は人間ではない。いや、人間ではあるのだが、人間ではない性に囚われている。人間に戻ろうと思ったことはないが、偶に前の生活が恋しくなることはあった。そう、例えば同じ境遇にいる弟のことを考えると。

 

 『……やっパり、こんナところ二いたんダね』
不意にそんな声が聞こえた気がして浩太は立ち止まった。周りを見渡しても誰もいない。いや、
『困ったもノだね。君たちを外デ捕まえルのは難しイや』
雑踏の中から聞こえるその声は、一見何の意味もなさない談笑。その一部が切り貼りのようにこちらに届いてくる。浩太は耳を澄ませながらゆっくりと歩き出した。分かっている。こんな現象を起こせる者が居るかは調べてみないといけないが、仮にいたとしたら自分は既にその術中だ。
「僕に何か用? 隠れてないで出てこればいいのに」
『そうもイかないのサ。僕ハ忙しいかラね』
こちらの声も向こうに届いている。荒事を引き起こさないように浩太は言葉を選ぶ。
「そっか。要件は早めに言ってくれるかい」
『せっかちダね。言われなクても、要件を伝エたらすぐ帰るサ』

 

 『巷で暴レている化け物ノ存在を、君は知ってイる筈ダ。君たちヤ忌み子が抹消する、あの黒い怪物をネ』
人目につかないところを選んで討伐に当たっていたつもりだったが、その存在を知っているということはかなりの因縁の者だろう。
『あれの親玉ガ、西ノ果てに現れる予兆が見えタ。すぐに向カうべきなんじゃナいかな?』
「その情報の信ぴょう性は?」
『あハは、君が一番分かっテる癖ニ』

 

 『急いだ方がイいヨ。僕は知らナいけどね』
それを最後に雑音が元の体裁を取り戻した。体を動かす。特殊な術にかかっている様子はないが、後で乙哉に見てもらった方がいいだろう。
「……馬鹿正直に信じるつもりはないけど」
緊急で招集をかけた方がいいかもしれない。浩太は袋を抱えて歩を進めた。