バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

29 特訓開始

次の日から、羽鳥の特訓が始まった。
収録以上に大きな声が出るよう、安藤の指導の下腹式呼吸を含めた基礎練習から始めることとなった。
今まで歌ってきたとはいえ最初の対バンまでの期間は限られている。付け焼刃かもしれなかったが、やらないよりはましだ。

 

それと同時期に、虎屋に連れられ彼女の度胸も訓練され始めた。
「……ここ、駅前広場、だよね?」
虎屋に呼ばれて足を運んだ先は、最寄りの駅前広場。さほど大きくはないが、駅前ということもあり人が結構いるのが分かる。
「そう。ここで何するか、わかるわよね?」
「……路上、ライブ?」

 

ステージにすら立ったことのない羽鳥にとっては未知の領域だ。彼女は思わず手を振る。
「無理無理無理! こんなところで歌うなんて!」
「ステージ上がるよりはましよ! それに、路上ライブなら興味のある人しか止まってくれない。本当の実力が自分の眼で分かるってこと」
「そうはいっても……」
「ごちゃごちゃ言わない! ほら! 『Stand up!!』から歌うから準備しなさい!」
「イズミちゃんの鬼!!」

 

イズミに振り回される形でマイクを握る羽鳥。曲を切り替えながら虎屋はその様子を見ていた。
所感としては、「緊張しているのが目に見えてわかる」。経験の少ない中でやっていることだから当然なのだが、手足が震え、声もいつもの安定感がない。安藤が聞いたら苦い顔をするのが目に見える。
羽鳥は初心者だから仕方がない。だが、「羽鳥が初心者である」と知ってるのはsalvatoreのメンバーのみ。他人から、ましてや、salvatoreのファンから見れば彼女はとっくにベテランの域なのである。
(それを踏まえてこれじゃ、記念受験と変わらないわよね……)
眉間にしわの寄る虎屋。厳しいことは言いたくないが、しばらくは特訓を続けなければとは思った。