バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

28 チャンス・チャンス・チャンス!

「た、対バン!?」
羽鳥の声が裏返った。ニコニコ顔の北河が羽鳥にチラシを渡す。
「そう。「Great Music Festival」、聞いたことあるだろう?」
「あれよね、年一であってる、その年に流行したバンドやアーティストたちの祭典。ひなちーも知ってるわよね?」
「う、うん。テレビでもあってるよね、見たことある」
「それの「対バン部門」のお誘いの連絡が、今日、僕と安藤くんのところに来たんだ。君たちも有名になってきたということだね」
羽鳥はまじまじとポスターを見る。自分には全く関係ないと思ってた、「上の世界」。

 

「で、でも、本当に大丈夫なんですか?「グレフェス」の対バン部門は、言ってしまえば蹴落としあいでは……」
「蹴落としあい!?」
裏返る羽鳥の声に虎屋が慌ててなだめる。
「そんな極端なものじゃないわよ。あれよ、トーナメント方式による勝ち抜き戦で、勝てば勝つほどみんなの前で歌えるのよ」
「そう。そしてさっきも言ったように「グレフェス」にはその年に流行したバンドがこぞって呼ばれる。これで勝ち上がれば、さらに名前が広がると言う次第さ」
「な、なるほど……」
ぽかんとする羽鳥。部屋の隅で話を聞いていた安藤も口を開く。
「楽曲の製作は俺が一手に担っているから大丈夫だ。質で負けるような曲は作らない」
「演出も、なっちゃんと細かく相談するから任せてほしい。がんばろうね、なっちゃん
「は、はい!」
「……」
虎屋は羽鳥を見た。

 

「……ひなちー、大丈夫? 人前で歌うの、初めてなんじゃない?」
「それに、俺たちは覆面グループ。ステージに立てるのは俺もギリギリ。最悪、お前ひとりで歌わなきゃならないかもしれない」
全員の視線が羽鳥に向いていた。

 

羽鳥は震えていた。緊張はしていた。突然の大舞台に、一人でマイクを持って立たなければならないというプレッシャーはあった。
だが、それ以上に。

 

「……やらせて、ください」

 

羽鳥はこれをチャンスととらえた。
内向的で自己満足の自分を変えるチャンスだととらえたのだ。
それに、人前で歌うことは一度やってみたかった。

 

「私、皆の分も全部背負って、歌うから! やらせてください!」

 

皆は羽鳥の背を叩いた。
「ありがとう。でも、君だけが背負わなくても、いいんだからね」