バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

47 「ハシモト」の名前

「……」
ルソーは自室で考えていた
先日の『仕立て屋』殺害依頼の件を通して、焦っていたのである
今回の依頼はハシモトがあえて引き受けたものだったが、ここ一連の事件がどうにも心苦しいのである
「奴ら」がかかわっている可能性も、否めないのであった

で、あったとしても、今「奴ら」と対峙するにはあまりに危険であることも承知であった
今はできることを、「エミ・フルイセ」の件の解決を優先するべきなのだろう。そんなこと、とうの昔にわかっていた
そして、「今はまだ早い」と言えなくなったことも理解していた
ルソーは携帯端末を手に取りながら部屋の外へと出る
「今は一刻を争いますからね」
独り言を呟き、スーツに袖を通した



「ルソーのやつ、また仕事なのかよ」
小声でアイラは呟きながら、ルソーが出ていった扉を見やった
「最近は仕事も落ち着いてきて、ハシモトもいないのに、何かあったのかしら」
食器を片し終えたフブキが廊下に出ながら言う
アイラは振り返り、首をかしげた

「今、ハシモトっていないんすか」
「そうきいてるわよ。長期出張なんだって」
肩をすくめながらフブキは返した
「この国も治安が悪いからね。法律相談がいっぱい飛んでくるんだって」

「そういえば、純粋に疑問なんですけれど」
傍らに立っていた草香が呟いた
「幼馴染なのに「ハシモト」って呼んでるんですね、フブキさんも、ルソーさんも」
「そういや、そうだな。下の名前で呼んだりしないんすか」
二人の疑問符にフブキは答えようとし、かたまった

「……そういわれてみれば、そうね……」
フブキは腕を組み、頭を垂れる
「「ハシモト」って呼ぶのに慣れてたから、考えてみれば、下の名前、知らないかも」
それは不自然なことにかわりはないのだが、それを自然とフブキは受け止めていたらしい
「昔聞いたことはある筈なんだけど、もうだいぶ前のことだから忘れちゃったわ」

「ルソーさんなら知ってるんじゃないですか」
草香は二人を見ながら言った
「まぁ、あのルソーだしな。まさかあいつもハシモトの本名知らないなんて馬鹿な事ないだろ」
そんなことより、とアイラは続けた
「今はルソーを待とうぜ。あいつのことだ。どうせ今日も遅くなる」
いつも通りの殺しの依頼だろう。そんなことをアイラは思っていた