6 家具の行進
翌日、蒼火と留はある人物の、否、「純文学」の元を訪れていた。
「豊水くん、居るかい?」
チャイムを鳴らして呼びかけると、ドアが開き、一人の人物が顔を出す。
「留お兄ちゃん!」
彼はぱっと目を輝かせると、ぱたぱたと玄関から出てきて留に抱き着いた。
「元気にしていたかい?」
「うん! 僕も「クラムボン」も元気だよ!」
豊水は留にだきついたまま、横に居た蒼火を見た。
「……おっきい猫さん。初めまして!」
「初めまして。私は若津田蒼火だ」
「僕、谷多豊水! よろしくね!」
豊水は背の低い少年のような出で立ちだ。前髪はカニのピンで留め、オーバーオールが良く似合う。つぶらな瞳がくるくると蒼火をなぞるように見ている。
「猫さんは苦手なんだけど、お姉さんは優しそうだね!」
「そうだろうか。ありがとう、谷多君」
「豊水くん、お願いがあってきたんだけど、時間は大丈夫かい?」
「うん! 一人遊びも飽きちゃったもん。お手伝い?」
「そうだよ。引っ越しの手伝いをしてほしくって」
「任せて! クラムボンも連れてくる!」
豊水は笑顔を二人に向けると、一度家に引っ込んだ。
数分後。三人は昨日家具を揃えた家具屋に居た。
「クラムボン」とやらを連れてくると言っていた豊水だったが、結局身一つのようだ。だが、豊水は残念がってはいない。
「ここで家具を揃えたんだけど、僕らだけじゃ運ぶのが大変でね。手伝ってほしいんだ」
「任せて!」
豊水は手を鳴らす。瞬間、それまで地面に並べられていた家具がふわりと宙に浮いた。
「!」
蒼火は僅かに驚いて豊水を見る。豊水は視線に気づいて蒼火に笑いかけた。
「すごいでしょ? 「クラムボン」は力持ちなんだ!」
あとから留にきいた話だが、豊水のいう「クラムボン」は架空の生物(人間なのかもはっきりしない)だが、彼が空想することによりそこに存在するように物が動いていくらしい。彼の空想の範囲であれば、何が起こってもおかしくないのだという。
豊水を先頭に、宙に浮いた家具が一斉に歩き出す。
滑稽な現象に、蒼火は僅かながら感心していた。
4 信じること
「おお、斎藤君に立花君ではないか」
朝食を終えて乙哉に呼ばれ、広間へ向かう廊下で二人に声をかける男性の声。
振り返ると、和装に身を包んだ男女の姿があった。
「巌流島様、甲賀様」
「まだ緊張はしてないかね?」
「ええ、まだ少し、信じられなくて」
「気を張らなくてもいいのよ。乙哉君も申し子たちも、ここにいる人は皆優しいんだから」
「巌流島様達も、申し子様に?」
「ああ。我々は石川君の補佐だ」
「……私たちなんかに、世界を守るなんて役割、担えるのでしょうか」
斎藤が小さく呟く。立花も頭を振る。
「うるはに同意します。我々は世界に見放された上に、体力に一切の自信がありません」
「そこも考慮してくれるんじゃないかね、乙哉君なら」
巌流島が顎に手を置いて考える。甲賀は微笑んで続けた。
「石川さんみたいな無茶ぶりは言わないと思うわ、私も」
「おっと、立ち話も長くはできんな。呼び出されたのだろう?」
「あんまり気負わずに。大丈夫ですから」
それだけ残し、巌流島と甲賀は歩いていった。
その後姿を見、斎藤と立花は目を合わせた。
「……今は、信じるしかないでしょう」
「同意します。裏切られることには、慣れてますからね」
3 普通の生活
「華村さーん!」
明るい声と共に音高くドアが開かれた。その音にびっくりして布団にうずくまっていた華村が飛び起きる。
「な、な、……なんだ、カワウチちゃんか」
「そうっすよ! 世紀の雑用係っす!」
昨日、四神の申し子に挨拶を終えた華村、斎藤、立花は、この小さな少女、カワウチアケミの案内により部屋を振り分けられた。完全個室だったのに驚いていたが、斎藤と立花は一つの部屋にまとまったらしい。
今までのつかれがどっと出たのだろう。夕食と入浴を終えたころには眠気が彼を襲い、そのまま布団を敷いて眠ってしまった。
このカワウチアケミという少女。献身的でよく笑い、華村たちにも初対面でなついてきた。
しかし、彼女もまた、「忌み子」の一人らしい。田辺が拾った時には反抗的でよく噛みつき、ここまで育てるのに結構な労力がかかったという。そのせいか、今では何か見つけるとすぐ行動に出る雑用係の鏡にまでなったという。
「カワウチちゃん、朝から元気だね」
「そりゃあもう、しっかりご飯食べて元気も元気っすよ!」
「……僕も、ご飯食べなきゃ、だね」
「当然っす! 腹が減ってはなんとやらっすから!」
正直、信じられなかった。
普通にご飯が食べられて、普通に入浴できて、普通に眠れる。
そんな「普通」が、忌み子の自分にはないも同然だった。
だから嬉しかった。一人の人間として扱ってくれる人々が、ようやく目の前に現れてくれたのだから。
「ありがとう、カワウチちゃん」
「気にしないでほしいっす! ご飯食べてる間に掃除しちゃいますね!」
笑顔で言うカワウチをかるくなで、華村は布団をたたみだした。
2 忌み子の住みか
小さなホテルを思い出すような豪勢な建物に通された三人は、まだ戸惑いながら装束姿の男たちを見ていた。
廊下を歩いていると色んな人にすれ違う。一様に皆若いが、その顔は幸せと懸命の交じった、とてもよい表情だ。
「そういえば、自己紹介してなかったね」
青い装束が振り返った。廊下の真ん中だが、そんなことは気にしていないようだ。
「僕は伊藤乙哉。こっちは俺の兄貴の伊藤浩太。君たちは何ていうの?」
「ぼっ、僕は、華村優斗……です。」
「私、斎藤うるはと申します。彼女は立花りか」
「お世話になります、伊藤様」
「乙哉でいいよ! 兄貴も皆に浩太って呼ばせてるんだ!」
乙哉の表情はいやらしいものではなく、純粋を絵にかいたような明るい表情をしていた。
それをたしなめる浩太もにこにこと笑っている。
「これから紹介する人たちは、見た目はちょっと怖いけどいい人だから安心して!」
「乙哉、少し余計だぞ」
「えへへ」
やがて奥の二枚扉の前についた一行。華村たちは息を呑む。
浩太と乙哉は一度目を合わせて頷き、扉を押し開けた。
中はやや広い空間となっていた。構えていたよりは狭い印象だ。
「ここは……?」
「集会とか話し合いの時に使う部屋だよ。皆で食事会をするときも使うんだ」
斎藤の声に乙哉が答える。
華村は部屋の奥に二人の人影を見た。浩太と乙哉と同じような装束姿に身を包んだ、片方は大きく、片方はやや小柄な男たちだ。
浩太と乙哉は二人の元に歩いていく。華村は自然に斎藤と立花を制し、先頭きってゆっくりと後をついていった。
「田辺! 石川!」
「遅いぞ、伊藤兄、伊藤弟」
「いつまで待たせるつもりだったんだ?」
柄が悪い。三人はそう感じた。
田辺、石川と呼ばれた男二人は、浩太の後をついてきた三人に目を向ける。
「お前らか、伊藤兄と伊藤弟に拾われた「忌み子」ってのは」
「ああ、はい。僕は華村優斗です」
「斎藤うるはと申します」
「同じく、立花りかです」
緑の装束の男、田辺と言ったか、彼がのしのしとこちらに歩いてきた。
華村は片腕を広げ、斎藤と立花をかばう位置に立つ。
田辺はその様子を見て、ずいっと華村に顔を近づけた。
「俺が怖いか」
「こっ、怖くはありません。まだ貴方がたを信用しているわけではないので」
「そうか」
暫くの睨みあい。しかし、不意に田辺がにっと口角を上げると、声を上げて笑い出した。
突然のことに三人は唖然とする。
「結構、結構!生きる術はしっかり学んできたようだな、華村!」
ばんばんと背中を叩かれよろける華村。男としての義務は頭にあったが体がついていかないほど貧相なものだったからだろう。
「怖がらなくてもいいぜ。田辺はでかくて怖いが、心は優しいんだ」
黄色い装束の石川も笑顔で三人に笑いかける。金色の瞳が猫のように鋭い。
「俺は石川卓郎。こいつは田辺雄介。「四神の申し子」だ」
「石川は財閥の息子でな。この館も石川の力で借り入れた。」
掃除の行き届いた廊下、綺麗な部屋、そして、すれ違った人たちの笑顔。
「……本当に、私たち「忌み子」のためにこれだけの施しをなさったのですか」
立花が自然とその言葉を口にしていた。斎藤が同調する。
「私たち「忌み子」は、人間の世界にいてはならない存在。そんな人間を生かしておくなんて、普通の人間の考えることではありません」
「だから、だよ」
浩太が振り返った。
「人間の世界にいてはならない。人間として生かしてはいけない。だから、「四神の申し子」である俺たちが引き受けた」
「もう大丈夫。君たちをいらないなんて言う人はここにはいない。……でも、一つだけ、厳しい条件を付けるよ」
乙哉は笑顔を崩さずに言った。
「君たちは、この世界を滅ぼそうとする連中と戦わなければならない。俺たちと一緒にね」
1 忌み子と化け物
腰が抜けて、動けなかった。
後に三人はそう語る。
男は、地元でも危険とささやかれた森に投げ込まれ、帰る道を探していた途中だった。
二人の女は偶然にも同じ理由で男とはちあわせ、一緒に道を探していた。
「……ふー」
目の前に立つ赤と青の装束。
髪色も背丈も違えど、二人は似たような気配を纏っていた。
そして、さらにその奥に見える黒い物体。
スライムのようにぐずつき、粘り、やがて蒸発したかのようにそこから姿を消した。
「さて、乙哉」
赤い服の男が振り返った。
赤い瞳。それは後から振り返った青い服の男と目の色は違えど同じ輝きを放っていた。
「こんな森の奥に捨てられた三人、何か事情がありそうだけど、わかるか?」
「「忌み子」だね。美麗、知恵、知識。」
男は驚いた。何も話さなければ普通の人間であるというのに、自分を忌み子と見抜いたからだ。
それだけではない。一緒に連れ添った二人の女も、まさか忌み子とは思わなかった。
赤い服の男は「そうか」と呟いてこちらに歩み寄ってきた。
男は思わず二人の女の前に庇うように立っていた。
「!」
「何をする気だ。事と次第によっては君たちも敵とみなすよ」
男は本気だった。
忌み子と知られてしまった以上、相手も信用ならなくなっていた。
赤い装束の男はぽかんとしていたが、やがて口角を上げ、男に笑いかけた。それは決して嫌なものではなく、寧ろ男を安心させようとしていた。
「気に入ったよ。三人とも、うちにおいで」
「えっ」
「乙哉、どうしたい。俺はこの男性の面倒を見たいんだけど」
「じゃあ、俺は後ろの女性二人を見ることにしようかな」
赤と青の間で男を置いてとんとんと話が進む。
男はただ黙って二人を見ていることしかできなかった。
「決まり。立てるかい、お嬢さんたち」
青い装束がこちらに歩み寄り、女たちに手を差し伸べた。彼女たちは恐る恐るその手をとって立ち上がる。
「あ、あの」
「ん? ああ、俺たちのこと、何も知らないんだよね」
青い装束が人懐こい笑顔で返した。
「俺たちは「四神の申し子」。君たち「忌み子」を救う活動をしているんだ。よろしくね」
【スーツ武器オフ会】面会【タイローン編】
「タイローン」
優しい声が聞こえた気がしてまどろみから覚めると、檻越しによく知った顔がいた。
俺と同じ顔、同じ目、同じ髪。なのに、何もかもが俺と違う、俺の「兄貴」。
「起こしちゃったね。ごめん」
ノイジー兄さんは申し訳なさそうに俺を見て言った。
「調子はどう? 食事はとれてる?」
兄貴の問いかけに答えられずに俯いていると、すっとゼリー飲料のパックが渡された。
「まだ、治ってないんだね」
何を指してるかは言わずともわかる。そしてそれは、ノイジー兄さんの「呪い」のように解けることのないものだということも分かっていた。
「君が模範囚だから、こうやって会うことができる。僕はそれが嬉しい」
「……俺は、こんなことしたくなかったからな」
「……あの、さ、タイローン」
僅かにうつむいたノイジー兄さんから漏れる言葉。
何を言いたいかは言わずともその態度で理解できた。そして俺は彼が口を開く前に返す。
「仕方のないことだ。ああでもしなきゃ、ディクライアン兄さんは俺に固執していた」
「……そう、だね」
ディクライアン兄さんも、たまにこうして俺の顔を見に来る。
だが、何も言わずにパックの粥だけを投げ渡して去っていくことが続いていた。
「正義」の信念を掲げるディクライアン兄さんにとって、俺は関わりたくても関われないのだろう。
「「正義」と「強さ」は、相容れるものなんだろうか」
自然とその言葉を漏らすと、ノイジー兄さんは俺を見ながら言った。
「それを証明するのが、今の君の使命なんじゃないかな」
立ち去っていくノイジー兄さんは足を引きずっていた。
彼も彼なりに苦労しているんだとは分かった。
手袋越しの素手で、檻を壊せたらどれだけ楽か。
考えて、やめた。「強さ」の証明は「正義」の元に。ディクライアン兄さんの元に。