バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

凛とした殺人鬼

25 臭い

「それで、最近姉さんの様子はいかがなんです?」 翌日の昼下がり、ルソーは近場のレストランに昼休みの名目でアイラを呼び出していた 「呼び出すって何事かとおもったが、そんなことかよ……」 「そんなことではありません。僕にとっては重要なことです」 「…

24 五感と嗅覚

「ごちそうさまでした!」 綺麗にカレーをたいらげ、ヤヨイは両手を合わせた 「ふふ、ヤヨイちゃんは本当に幸せそうに食べるわよね」 「普段ろくなもの食べてないですからね。ありがたいです」 その言葉で滅茶苦茶に繋げられた件の死体を思い出してしまい、…

23 民事裁判専門弁護士

「……ルソーのやつ、ガチで弁護士やってんのかよ……」 アイラは気の抜けたような声で言った。横で洗濯物を畳んでいるフブキは首をかしげる 「あれ、前からそう言ってるでしょ?」 「いや、なんというか、いつも紙めくってるだけで、信じてなかったというか」 …

22 裏世界と信用

「まったく、世話の焼ける子たちだね、君たちは」 ため息交じりにミツミが言う 彼は、突然担ぎ込まれたアイラに半ば仰天しながらも、命に別状がないまでに治療を施したばかりだ 「解毒剤がなかったら殆ど絶望的なところまで進行していただけに、そこはありが…

21 ルソーの「特技」(『水仙』2)

「すみません、『折り鶴』。もう少し早く来ていればよかったですね」 振り向くことなくルソーは言う。その背を、アイラは呆然と眺めることしかできなかった 「『折り鶴』さん」 後ろから声がした。草香が駆け寄ってくる 「草香……、お前、『弁護士』は連れて…

20 マリーゴールドの花言葉(『水仙』1)

戦況は一方的だった 『水仙』は軽い足取りで武器であろうペンを握って襲い掛かるが、アイラの圧倒的な力に成す術もない アイラは緊張がほぐれ、徐々に彼女を軽視するようになってきていた 「なんだよ、殺人鬼殺しのプロって割には、大したことねぇじゃねぇか…

19 作家と殺人鬼

「「殺人鬼・マリーゴールド」ですか……」 大荷物を軽々と抱えながら草香は呟いた 彼女は珍しくアイラと買い出しに出ている。フブキの方がルソーに話があったらしく、邪魔にならないように出てきたのだ 「正直、その作家が何を考えてるのかはわからねぇ。けど…

18 殺害予告

「お前ら、一応裏世界の人間なんだから、この界隈の事情位わかってるよなァ?」 裏事務所で煙草をふかしながらハシモトは尋ねる 「当たり前だろ。何年ここで生きてきたと思ってるんだ」 アイラが噛みつくように答えたのを、ハシモトはケラケラと笑った 「よ…

17 「殺人鬼・マリーゴールド」

「うん? フブキさん、何してるんだ?」 休日の昼間、一通り家事を済ませたフブキはソファに座っていた 「ふふ、見てわかるでしょ? 読書してるのよ。アイラ君も読む?」 「いや、俺は本が読めないから……」 「姉さんは昔から本が好きでしたから」 裁判の資料…

16 彼女の「仲間」

「初めて会った時に言った通り、私は、今から500年ほど前に作られたアンドロイドです」 シフォンケーキが並べられたテーブルの上に両手を組み、草香は話し出した そのテーブルには、ヤヨイも誘われ全員がついている 「500年前、私は技術の結晶として、…

15 日常とシフォンケーキ

「別に僕は、姉さんが無事でさえいればあとはどうでもいいんですよ」 ヤヨイの腕を引き、ゆっくりと家路につくルソー 後ろからマープルがリードを引きずりながらついてくる 二人の体に怪我こそなかったが、ルソーのスーツは切り裂かれてボロボロになっていた…

14 『仕立て屋』

地下のホールに風が吹き荒れる ルソーは左右に体を避けながら前進を試みるが、一向に前に進めない ヤヨイが腕を振るう。また風が一つ襲い掛かる ルソーは左にかわし、まっすぐヤヨイを見据えた ルソーには、この「風」の正体が視えていた それはレンガ造りに…

13 一陣の風

「やはり、早くに出るのも、遅くに帰るのも考え物ですね」 夜も更けた頃、ようやく仕事から解放されたルソーは家路についていた 先に連絡をしていたし、草香とアイラがいるとわかっていても、フブキのことが心配で仕方がない 早いところ帰ろう。そう思ってル…

12 朝の一報

『――この怪事件は大変悪質であると記者会見で警視庁は語り、引き続き調査を――』 翌朝、朝のニュースを流しながら全員で朝食をとっていた 「最近、この辺物騒よね。『死神』とか、『赤髪の殺人鬼』とか」 目玉焼きをつつきながらフブキは呟く 「明日は我が身…

11 心器

「……はぁ」 脱衣所でルソーはため息を吐いた ここ数日、予想外のことが立て続けに起こって正直疲れていたのだ 特に草香のこと 彼女は自分に執着し、言い聞かせても姉を差し置いて自分を優先してくる それには少し困っていた ふと、洗面台にとりつけられた鏡…

10 殺人鬼の人助け

「あの、どうしてフブキさんにそんなに執着なさるのですか」 休日のとある日のこと ルソーは草香と買い出しに出ていた 天気がよくお出かけ日和ではあるのだが、外に出るなとルソーはフブキを家に押し込んだのである 「私の知る「ルソー」も確かに兄が好きで…

9 赤い髪留め

「姉さん! どこにいるのです! 姉さん!」 あの後、半ば草香に寄りかかる形で家に辿りついたルソーは、フブキがいないことに気が付いた 痛む体を引きずりながら電話にくいつくと、すぐにフブキへと電話をかける 『どうしたの、ルソー。ちょっと外に出てるだ…

8 『折り鶴』

先に動いたのは『折り鶴』の方だった 地面を蹴りだしルソーに迫り、左腕を伸ばす その腕がルソーの首にかかる前にルソーは身を低くしてかわし、包丁を胸を狙って突き上げた だが、包丁の根元を『折り鶴』に掴まれ、刃先が胸に届くことはなかった 暫く拮抗が…

7 ちょっと、殺しに来ました

「それでは、失礼します。お疲れ様でした」 ルソーが弁護士事務所を出る頃にはとっぷりと日が暮れていた 道にでてふと顔を上げると、目の前に見慣れた若草色の髪があった 「……草香さん」 やや怒りを含む声でルソーは草香を呼ぶ 草香は一度視線をそらしたが、…

6 水色の髪の大男

「相変わらず殺風景な事務所ですね」 ルソーの自宅からやや離れた所にあるビルに車を止め、ルソーとハシモトはその一室に入っていった 「ごちゃごちゃ買う必要はねェんだよ。必要なものと、少し高級な小道具と、カーペット。これだけでいい」 そう言いながら…

5 『弁護士』と『ハシモト』

「あの、私はアンドロイドなので、食事は必要ないのですが」 草香が来て一週間。最初は突然連れてこられて驚いていたフブキも、彼女を受け入れていた 「食べられないわけじゃないんでしょ?それに、水だけおいてたらあまりに質素で、こっちも楽しくないのよ…

4 彼女はアンドロイド

「……」 人通りの少ない路地裏で、少女とルソーは向き合っていた 「大方、後を追ってきたのでしょう。ですが、何故僕を救う真似をしたのです」 殺しなれていない者のあの程度の不意打ち、簡単に対処できた ルソーはそう思いながら、若草色の髪を見下ろす 「………

3 彼の仕事

「……嘘だろ」 切れ切れの吐息交じりに、男が呟いた 群れる男たち。その間を突っ切るように、ルソーは歩いていた その右手に、血の色の包丁を携えて その足で、既に事切れた男たちの血の道を作りながら 「何だよこいつ……。全く躊躇いもなく人を殺しやがって………

2 若草の髪の少女

「ルソーさん、お疲れ様でした」 裁判所の通路を歩きながら、同僚の弁護士が言った 「活躍しましたねぇ。相変わらずの論証、感激です」 「今回は結果が分かり切った裁判でしたからね。そう気負う必要もありませんでした」 指の先まで伸ばしたその歩き方は、…

1 赤髪の殺人鬼

「ききました? また出たそうですよ、赤髪の殺人鬼」 新聞を広げながら女性が言う。何気ない日常の会話である 「困りますよねー。この近辺らしいじゃないですか」 「やっぱり、都会って怖いですね」 その会話を聞きながら、彼、ルソー・ハレルヤは紙の束をめ…

プロローグ

よくも よくも姉さんを 僕はどうしろっていうんだ あんたなんか あんたなんか…… 今に見ていろ 殺してやる すぐにでも力をつけて この組織をぶっ潰してやる 僕が、俺が だから、だから―― 「――、……ソー、ルソー!」 「っ!」 声に気付き、彼は反射したように起…

彼は、

ねぇ、聞いた? また出たんだってよ、殺人鬼 そう、最近噂で聞くやつ 髪が赤いんだって ニュースでも話題になってるよね やめてよ、そんな冗談 明日は我が身、かもしれないじゃん……? 「どうも、『弁護士』です。ちょっと、殺しに来ました」 ――凛とした殺人…