バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

凛とした殺人鬼

55 『変態』

キンッ 四本目の包丁が弾かれ、ルソーは再び間をおいた 重い攻撃を受け止め続け、右腕が僅かに痺れている ルソーは無理やり腕を持ち上げ、再び包丁を取り出した フソウの実力はかなりのものだった 身の丈ほどもある大鎌は予想に反せず非常に重い それを片手…

54 後ろの正面

夜は人が氾濫する それまで建物に閉じこもっていた人々が、新たに閉じ込められるために外に解き放たれる時間なのだ ルソーはこの時間が嫌いだった 氾濫する人の海を割って進まなければならないから その派手すぎるグラデーションの髪に集まる視線に耐えなけ…

53 最低の二つ名

「『変態』……ですか?」 唐突にその二文字を聞かされ、ルソーは眉間にしわを寄せる 仕事が終わった帰り、ルソーはハシモトの裏事務所に寄り道をしていた 髪を黒に戻し、「エミなんて言うな、まどろっこしい」と本人が言ったので、これまで通り、ハシモトはハ…

52 桜の街の『死神』

「全く、物騒な話よね……」 朝のニュースを見ながらフブキは呟いた その声にルソーは僅かに顔を上げる ニュースで流れていたのは、彼女の言う通り、物騒な殺人事件だった 「首の落とされた死体の頻出、か……。ルソー、遅くなることも多いだろうけど、気をつけ…

51 「エミ・フルイセ」という人

「ええ、その件に関しては本当にご迷惑をおかけしてます」 「本当にそれな。お前のせいで髪染めててもろくに外に出歩けねェっての。苦労してんだぞ、こっちは」 「まぁ、そういわれると、計り知れないものなのかもしれませんね」 「……で、用件は何なんだ?」…

50 彼の名は、

赤い包丁が空を切る 斬りかかったルソーの包丁を避け、アイラは一歩おいた 「何してんだよ、『弁護士』!」 突っかかるアイラに答えず、ルソーは更に間を詰めようと蹴りだす 「伏せて、『折り鶴』!」 その間に割って入ったヤヨイが再び腕をふるう 襲い掛か…

49 ピースフル

「……ここ、か」 月があと少しで真上に到達しようとする頃 一つの建物の前にアイラ、草香、ヤヨイが集まっていた メールの主は、メールの内容を草香とヤヨイにだけ公表し、日付が変わる頃にこの建物の屋上に向かうように指示した ご丁寧に、『弁護士』以外は…

48 いなくなった彼と彼

「ええ、その件に関しては本当にご迷惑をおかけしてます」 「――」 「まぁ、そういわれると、計り知れないものなのかもしれませんね」 「――」 「……もうお分かりの筈でしょう、僕がどうしてここに来たか」 「――」 「あくまでしらを切りますか」 「……」 「では…

47 「ハシモト」の名前

「……」 ルソーは自室で考えていた 先日の『仕立て屋』殺害依頼の件を通して、焦っていたのである 今回の依頼はハシモトがあえて引き受けたものだったが、ここ一連の事件がどうにも心苦しいのである 「奴ら」がかかわっている可能性も、否めないのであった で…

46 ミカガミタワーの晴れ舞台

「ヤヨイさん、大丈夫ですか」 翌朝、ミツミの診療所にルソーとヤヨイの姿があった 二人とも小さな傷はちらほらとついているものの、大事には至っていない様子であった 「全然平気。ちょっと切る位だったから、慣れたようなものだよ」 昨日、正確には今日だ…

45 殺人鬼ごっこ

人通りの少ない路地裏を、ヤヨイは走り続けていた その後ろを、ルソーが追う スピードはルソーの方が圧倒的に速かったが、体力面においてはヤヨイの方が有利だった 既に息が乱れ始めているルソーを感じながら、ヤヨイはさらに足を運んだ 時折ヤヨイは振り返…

44 待ち合わせ

「ふーん、フブキさんって結構フレンドリーなイメージあったんだけど、やっぱり家でもそうなんだ」 翌日、ルソーは昼休みを使ってヤヨイと落ち合い、近くのカフェで昼食をとっていた ニコニコと笑いながらオムライスを口に運ぶヤヨイだったが、目が笑ってい…

43 抹殺依頼、欠ける仲間

『いやァ、悪いな。態々電話かけてくれてよ』 携帯端末から流れるハシモトの声をうけ、ルソーは「いいえ」、と小さく返した ルソーは今、自室にこもってハシモトからの電話に出たところだ 「出張に出ていて会うことができない」と理由を並べたハシモトだが、…

42 変わりゆく街並み

『いよいよ一週間後に控えたミカガミタワーのオープンは、日付変更と同時にライトアップが計画されており……』 今時珍しいローカル情報番組の明るいニュースを聞き流しながらルソーはいつものように紙をめくっていた 夕飯が終わって片付けも済み、全員で一息…

41 お節介な新聞記者

いつも通りの朝。いつも通りの朝食、挨拶、道。 ルソーは、敷かれたレールの上を歩くように今日も過ごす 一昨日、『殺戮紳士』に襲われたのが嘘に思えるほど、静かで何もない日常 「ルソーさーん!」 不意に後ろから声をかけられ、ルソーは振り返る 「コマチ…

40 彼女の二つ名

「『殺戮紳士』ィ?」 草香を引っ張ってきたルソーは、とりあえず一時避難としてハシモトの事務所に押し掛けた 例によって余裕をかましていたハシモトはルソーのただならぬ空気を察し、すぐに事務所に誘い込んだのである 「ええ、どうも僕を狙っているような…

39 「悪い虫」(『殺戮紳士』前 後)

「そうカリカリしないでくれよ、草香。これは君のためにやってるんだからさ」 ニヤニヤ笑いを崩さずに名瀬田は言う 草香は片手を向けたまま、ルソーのそばから離れようとしない 「私のため? 何を言ってるのです。私はただ、博士を探しているだけです」 「そ…

38 厭わない紳士(『殺戮紳士』前 前)

何度となく金属がぶつかる音が響く 競り合う刀と包丁、『殺戮紳士』とルソー ぶつかる刀の勢いに圧され、一歩引くルソー それを見ながらにやりと笑い、『殺戮紳士』はさらに斬撃をくわえてくる ルソーは焦っていた 顔にこそ出さないが、油断するとどこかに焦…

37 商店街の騒動

冷たい風が吹く商店街を、ルソーは歩いていた 冬の装いの人々の中を、スーツだけで歩いていく 温度の感覚がないわけではない。それが気にならないほどに、彼がいろいろと考えるからである ふと、草香の話を思い返して疑問がよぎったのである いや、傍目から…

36 木枯らしの日

(500年前の仲間、ですか……) パソコンに向かいながらルソーはぼんやりと考えていた 昨日、草香が話してくれた話を何度も咀嚼していたのだ 信じられない話、というか、よくできた話ではあるのだ 500年前に「いなくなった」彼女の仲間が、500年後、…

35 彼女の歴史

「草香さん、まだ起きていらっしゃるのですか」 こんこんと扉をたたき、ルソーは声をかけた 次いで、扉の向こうで機械のモーター音が響き、一拍おいて扉が開いた 「ルソーさん、なにかご用ですか?」 「いえ、いつもより長く起きていらっしゃるので、どうか…

34 策略と陰謀

「さぁ、『ハシモト』」 「どういうことか、説明してもらおうか」 一夜明け、ハシモトの事務所に押し掛けたルソーとライターは、包丁とナイフをハシモトに向けて迫っていた 対するハシモトはその凶器には目もくれず、腕を組んで唸る その視線の先には紙の束…

33 『篝火』

幾度となく金属のぶつかるような音がする 僅かに下がりながら、ルソーは飛び交うナイフの斬撃を受け止めていた 飛びかかるライターは壁や天井を蹴りながら襲い掛かってくる 身体能力、体力、身長差、そして純粋な腕力。どこをとっても正直なところ、この勝負…

32 離脱のための

「どうしてこんなところにいるんですか!」 「それはこっちの台詞だ、馬鹿野郎!」 競り合う手を止めずに、お互い小声で囁く 幸い今のところ周りには死体しかなく、話を聞かれる心配はない 「俺はあれだよ、今日ここに来る重役殺しに来たんだよ」 「重役、で…

31 雇われ警備員

「……」 着慣れない制服の肩の位置がずれ、ルソーはやや不機嫌そうにそれを直す 今まで足を運んだことすらない高級なホテルの廊下に、彼は立たされていた 彼は今、ここに警備員として雇われたのだ 今日、この場所で重役がプライベートな会議を行うらしい それ…

30 無邪気な新聞記者

ハシモトの事務所を出たルソーは、駅近くの喫茶店のテラスで紅茶を飲んでいた そして、鞄から、預かった資料を取り出す 裏世界に足を突っ込み今までいろんな「仕事」をこなしてきたつもりだったが、こんな仕事は初めてだった 彼の頭に浮かんでいたのは驚愕と…

29 事務所に「棲」む異形頭

「ったく、お前の業績は右肩上がりだな。真面目か」 口の端を上げながらハシモトは声を漏らした 投げおいた数枚の写真を挟んで、ハシモトの真向かいにルソーは立っていた ここはハシモトの裏事務所。スーツの上着一式が部屋の隅にくしゃくしゃになっておかれ…

28 『ハシモト』の警告

「『狗』に襲われたァ? お前ら、よく生きて帰ってこれたな」 半ば驚いたようにハシモトは声を上げた 『狗』の死から数日。裁判が流れてしまい時間があいたルソーは、アイラを連れてハシモトの裏事務所に足を運んでいた 死んだとはいえ相手も殺人鬼だ。何か…

27 『狗』

一斉に襲い掛かる犬を、アイラが左腕を振るって弾き飛ばした 壁や床に叩きつけられる犬たち それでもなお立ち上がり、次々とルソーとアイラに喰いかかる ルソーは容赦なく犬の口に包丁を突っ込んで切り裂き、アイラもまた、犬の首を掴んではへし折った 「畜…

26 笛と犬

「トサ、さん……?」 目の前の光景に言葉を失うルソー。遅れて入ってきたアイラも足を止める その場で棒立ちになっているトサは、うつむいたまま口の端を釣り上げていた 「くっ、くくく……そうだよ。最初からこうすればよかったんだ。俺の邪魔をするやつは、消…