『教えて』:伊藤乙哉
ひとりのしょうねんがおりました
しょうねんはせいちょうがとまってしまっていました
だから、どこをみても、なにをみても、しょうねんはめをかがやかせました
そんなしょうねんにはあるくちぐせがありました
「兄貴!」
嬉しそうな顔をして乙哉が楽屋に入ってきた。
手に持ってるそれは……
「シュークリーム?」
「「マリトッツォ」っていうんだって!面白い形だよね!」
一緒に食べよう。乙哉はそう言って俺の隣に座る。手渡されたそれを恐る恐る受け取り、手の中で回してみる。
「すごいな。これどうやって食べるんだろ。クリームがはみ出そうだ」
「いただきまーす!」
「ああ! ちょっと乙哉、不用意に食べるな、あああやっぱりこぼしてるから!」
一通りクリームとの格闘を終えて、俺はなんとはなしにマリトッツォの情報を調べていた。
「ふーん、イタリア発祥のお菓子なのか……」
「兄貴、本当に調べるの好きだよね」
「お前も勉強は好きだろ? 分からないことを放っておくなんてできないからさ」
そういう点においては俺たちはよく似ているし、「伊藤兄弟」の漫才の基礎となる部分だと思っている。
乙哉はネタ帳を閉じてこちらに寄ってくる。
「ね、教えて。マリトッツォって、どんなお菓子なの?」
「自分で調べろよー」
「兄貴が教えてくれた方が分かりやすいんだもん」
ニコニコと笑った白髪の彼を見て思う。彼は、今までつらい道を歩んできた。そしてこれからも、俺の知らないところで偏見と闘うんだろう。それでも、彼は人生を全力で楽しんでいる。だったら、俺はその手を引いてもっと楽しんでやらないといけないと。
目の前の白髪の彼は、腕を引いて笑いかけた。
「教えて、兄貴!」