バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

『教えて』:伊藤乙哉

ひとりのしょうねんがおりました

しょうねんはせいちょうがとまってしまっていました

だから、どこをみても、なにをみても、しょうねんはめをかがやかせました

そんなしょうねんにはあるくちぐせがありました

 

「兄貴!」

嬉しそうな顔をして乙哉が楽屋に入ってきた。

手に持ってるそれは……

「シュークリーム?」

「「マリトッツォ」っていうんだって!面白い形だよね!」

一緒に食べよう。乙哉はそう言って俺の隣に座る。手渡されたそれを恐る恐る受け取り、手の中で回してみる。

「すごいな。これどうやって食べるんだろ。クリームがはみ出そうだ」

「いただきまーす!」

「ああ! ちょっと乙哉、不用意に食べるな、あああやっぱりこぼしてるから!」

 

一通りクリームとの格闘を終えて、俺はなんとはなしにマリトッツォの情報を調べていた。

「ふーん、イタリア発祥のお菓子なのか……」

「兄貴、本当に調べるの好きだよね」

「お前も勉強は好きだろ? 分からないことを放っておくなんてできないからさ」

そういう点においては俺たちはよく似ているし、「伊藤兄弟」の漫才の基礎となる部分だと思っている。

乙哉はネタ帳を閉じてこちらに寄ってくる。

「ね、教えて。マリトッツォって、どんなお菓子なの?」

「自分で調べろよー」

「兄貴が教えてくれた方が分かりやすいんだもん」

ニコニコと笑った白髪の彼を見て思う。彼は、今までつらい道を歩んできた。そしてこれからも、俺の知らないところで偏見と闘うんだろう。それでも、彼は人生を全力で楽しんでいる。だったら、俺はその手を引いてもっと楽しんでやらないといけないと。

 

目の前の白髪の彼は、腕を引いて笑いかけた。

「教えて、兄貴!」