バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

25 アンチコメント

虎屋は珍しいと思った。

 

「salvatore」のマネジメントを一手に担っている北河。縁があったのが丸久であったのもあり、普段皆と会う時は丸久がその場にいることが多かった。
だが、今日はその丸久もいない。文字通りサシで話がしたい、と北河から持ち掛けられたのだ。
「メンバーを集めたのは安藤くんだけど、実質的に皆を纏めて引っ張ってるのは虎屋さんだとおもったからね。君に相談するのが一番適切だろうと判断した次第だよ」
北河は缶コーヒーを虎屋に渡しながら言った。なるほど、と虎屋は思う。

 

「それで、何かあったの?」
「……僕がマネジメントするようになってから、過度のエゴサは禁止したのを覚えてるね?」
再生数を見るところまでは許されているが、コメントやエゴサーチは全て北河が管理し、逐一全員に報告が行くようにしているのは虎屋も承知だった。その上で彼女も言いつけを守ってエゴサーチを行っていない。
「ええ。それが何か?」
「……出ちゃったんだよね、アンチ」
虎屋はまだ平常心を保っていた。ある程度人に名前が知られるようになっていけば、アンチも多少湧くのは分かっていたからだ。それは北河も承知のはず。なのに、態々虎屋を呼び出して報告した。ということは。
「ただのアンチじゃないってことね?」
「話が早くて助かるよ」

 

北河が見せたのは、とある大型掲示板の一部。「salvatore」のファンが集う掲示板があるというのは虎屋も聞いていたが、見たのは初めてだ。だが。
「ファン掲示板の割には、アンチコメント多くない?」
虎屋に見せられたのは、「salvatore」に対するアンチコメントの数々。アンチ、と言うよりは暴言を書きなぐったような幼稚な内容だ。恐れることはないだろうが、これを知ったら羽鳥や丸久が傷ついたかもしれない。

 

「で、それを踏まえてここ、見てほしいんだけど」
北河が指で示したのは、自動で割り振られるIDナンバー。人物の判別がつくように割り振られるもので、暗号化された数列となって名前の横につけられる。
一連のアンチコメントを眺めた虎屋は気づいた。
「IDが一緒……ということは、これだけの悪口、同じ人が書いたの?」
「そうなんだよね。他のユーザーの大半はそれに気が付いたから、相手にしてないみたいだけど」
北河は首を振った。

 

「つまり、僕たちの活動を個人的に恨む誰かが、何としても僕たちの名誉を傷つけて引きずり降ろそうとしている。今後もエゴサはこちらでやっていくけど、気を付けてほしいと皆に伝えてくれないかな」
虎屋は「ええ、分かった」と返事をしながら首を傾げていた。
有名になるまでがかなり早かったとはいえ、「salvatore」は恨みを買うほど長いこと活動しているわけではない。まして、個人的な恨みを買う人がメンバーにいるとは思えない。

 

「……私たちに恨みがあるのかしら」
虎屋の呟きの意図がつかめず、北河も黙って首を傾げた。