バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

26 暗い部屋とシンセサイザー

独り、暗い部屋でいじるシンセサイザー
もう捨てようと決めた、大嫌いなものに、俺はまだ向き合っている。向き合わざるを得なくなっている。
どこにでもいるファンでいればよかったんだ。背伸びをしたから、こんなことになったんだ。

 

「犬飼さん!」
ドアの外から声が聞こえる。嫌になるほど底抜けに明るい、釘宮の声。
「ご飯、できましたよ! 一緒に食べましょう!」
「いらん。勝手に食ってろ」
我ながら苛立ち一色の声だ。それなのにこの田舎坊主は空気が読めない。
「何か食べないと倒れちゃいますよ! ほら、鉄くんや花巻さんも待ってるんですから」

 

「お前なァ」
ドアは開けない。暗い部屋で光るディスプレイを背にしながら、俺はドアに声を投げつける。
「誰のためにこんなクソ下らねぇことやってると思ってんだ。その気になれば、俺はいつでも降りられるんだぞ」
「で、でも」
「何度も言ったはずだ。俺は金輪際こんなものにかかわりたくもなかった。それなのにまた引っ張り出して祭り上げて。うんざりなんだよ! まだ作ってほしけりゃ、黙って従ってろ」
返事はない。黙って戻ったか。
関係ない。俺はパソコンの画面に戻る。

言葉の通りだ。俺は二度と「こんなもの」と向き合うつもりはなかった。
大嫌いだ。反吐が出る。それなのに、まだ向かい合わされ続けている。
冷えたコーヒーをぐいと飲み、俺はまた画面に向かった。

 


犬飼灰都。
俺は「音楽」が、嫌いだ。