バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

31 しずくの絵

「そう、ですか。曲目の変更……」
小さな声で丸久は言葉をかみしめる。
「だからその、せっかく作ってたアートワークとプロジェクションマッピング、今からでも変えられるかなって」
「大丈夫、です。時間は、まだありますし」
一週間で「時間がある」と言い切る丸久に北河は舌を巻いていた。

 

「それ、に。『Happiness tear』は、私も、気に入ってるので」
パソコンのキーを打つ丸久。やがて一枚の絵を選ぶと、北河に画面を見せた。透き通ったしずくが描かれた綺麗なイラストである。
「これは……」
「『Happiness tear』のPVに使った絵の一枚、です。これを超える自信のある絵は描いてきましたけど、今のsalvatoreのPVの方向性を決めたのが、これだったので……」
「綺麗だね。こんなに透明感のある絵が描けるんだ」
「機能の使いよう、と言えば、そうなんですけど」

 

「……ねぇ、丸久ちゃん。君の自信のなさは、どこから来るんだい?」
「え……?」
北河は丸久の顔を見る。眼鏡越しにぶつかる視線の先には、光の少ない瞳。
「こんなにすごい絵を何枚も書けるのに……」
「……気づいたら、こうでした。記憶のある限り、私は、前を向いたことがないので……」
北河はそこで、この話を丸久はしたくないことを悟った。
「……ごめん」
「いえ……」

 

「……そうだ。あと一週間あるなら……」
丸久はペイントソフトを立ち上げる。
丸久ちゃん? 何かするのかい?」
「時間ギリギリまで使って、いいものを、作りたいので……」
彼女はそう言って、キャンバスの真ん中にしずくのマークを描いた。