バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

32 諸刃の剣

「……よし、いい感じよ。これなら本番も乗り越えられそうね」
虎屋の言葉に羽鳥は複雑な表情をする。
「そう、かな。まだ震えだって取れてないし、声も裏返っちゃうし」
「最初よりは聞きやすくなったわ。大丈夫、自信もって」

 

「それと……、まだ、迷ってる?」
「……うん」
マイクを置き、スポーツドリンクを一口飲んだ羽鳥は、虎屋の言葉に肯定した。
「安藤君がいうから間違いないと思うんだけど、それで、場の空気とか崩れないかなって……」
「まぁ、素直には受け止められないわよね。私も最初に聞いたときは正気を疑ったわよ」

 

虎屋は知っている。それは、今まで安藤自身が羽鳥に禁止していた行為を開放する指示であることを。そして、それがどういう結果を招くか分からないということも。

諸刃の剣だった。上手くいけば会場の空気を全部さらうことができる。だが、裏目に出ればただsalvatoreと羽鳥が恥さらしになるだけ。自分もまだ、その剣を振るう判断を羽鳥に任せるのはしんどいのではないかと思っていた。

 

「……ひなちー」
虎屋は羽鳥によりそい、頭を撫でた。
「今回は初めてだしさ。別に一回戦落ちになっても、私たちは責めたりしないから」
「イズミちゃん……」
「だから、今度のライブは楽しもう。いい思い出を作ろう。そのくらいで、いいと思う」

 

頷く羽鳥の顔は、それでも浮かない表情だった。