バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

8 「愛」と「存在」

「ったく、何の目的で僕だけ連れ出して外食なんか……」
レストランの窓際の席で清光は呟いた
彼は似長に呼び出されて嫌々ながら座って彼を待っている
室内だというなのに清光は目深にかぶった帽子を取ろうとしなかった

「ほーい、水おまちー」
間の抜けた声で似長は清光の目の前のテーブルに水を置く
清光はそれをしばらく眺めたが、手を付けずに再びふいと窓のほうを見た

「それで、何の用なんです。貴方が僕だけをこんなところに呼ぶなんて珍しいですが」
「いやぁ、大した用じゃないんだけどさ」
似長はそれを前置きにし、清光の正面に座って聞いた
「お前の「昔の昔」、聞きたいなと思ってな」

「……そんなことですか」
清光はため息交じりに返した
「どうしてそう思ったのです?」
「いや、なんとなく」
「嘘ですね。挙動から怪しいですよ」

「俺さ、どうして自分が『こんなこと』になったのか知りたくて、雷堂さんに聞いたんだよ。そしたらさ、「そういうのは自分で解明していくものだよ」とか言ってはぐらかされたんだ。だから、ほかのメンバーの話とか考えとか聞いたら、何かわかるんじゃないかって思ってさ」
ふーん、と清光は声を漏らす
「知らないほうがいいんじゃないですか?」
「なんでだよ?」

「僕はかなり早い段階で答えにたどり着きましたが、それが本当に正しいのかわからないのです」
清光は窓の外を眺めたまま、テーブルに肘をついた
「僕は、「昔の昔」に愛された記憶がない」

「「愛」?」
「そうです。僕のこと、似長さんも存じてるように、小さいころから可愛げもない性格でした。それに僕の性質とが相まって、到底「愛された」とは思えない人生を送ってきました」
「「愛」ねぇ」

「もちろん、それは今でも変わりません」
ちらりと店内の時計を見やり、清光は立ち上がった
「僕は利用されるためにここにいる。そこに「愛」など存在しえない、と」
そう言って清光は似長の前を去った
「お、おい、清光!」
似長が追いかけようとしたが、ちょうど注文していた食事がとどいてしまったせいで、それを阻まれた
その背後で何かが動いたようだが、似長はそれに気づかなかった



「何が「昔の昔」ですか。何が「愛」ですか。僕にそんなもの、用意されていないのに」
視線を落とし、ぶつぶつと呟く清光
そのわきをすれ違った女性が、立ち止まり、振り向いた
対する清光は足を止めずに視線を下げたまま歩き続ける
「……」
女性は何か言いたげに唇をゆがめたが、そのまま通り過ぎていった