バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

1 栄転

今、目の前に張られた紙を、彼は目をしばたかせながら見ることしかできなかった
それは軍隊内部での異動案内
そこに自分の名前が刻まれていたのである
それもあろうことか、「人形撲滅隊」への異動である

「よう、兼森! やったじゃねぇか!」
後ろから同僚が背を突き飛ばして称賛する
「「人形撲滅隊」に昇進だって!? 名誉、名誉! 羨ましいぜ!」
まだ現実を呑み込めていない兼森は、口の端を上げるのに手いっぱいだった



時はさかのぼり三年前
N国標準時間の午後4時32分
突如として世界の時計は止まり、同時に太陽も動かなくなった
原因は特定されていない

そして、それとほぼ同時期に「人形」と呼ばれるロボットのような人工物が現れ、人々を襲うようになった
政府はこの「人形」を作りだす組織を「斜陽会」と称し、彼らが太陽を止めたと仮定した
そして、軍隊は「人形撲滅隊」を結成し、「人形」と戦うことを決意した
「人形撲滅隊」はたちまち軍隊のあこがれの的となり、ここに送り込まれることは「栄転」と称された



兼森友弘は、今確かに人形撲滅隊に栄転したことを信じられずにいた
見た目も成績もぱっとしないただの軍人であったはずの彼が、である
それは彼自身が一番理解しており、だからこそ喜びの半面、不安を覚えていた

その日の午後、兼森は来週から世話になる人形撲滅隊の第4部隊の部屋の前に来ていた
挨拶を早いうちに済ませたかったのである
一体どんな人がいるのだろうと、期待と不安を胸に、彼はドアに手を伸ばした
が、扉に手をかけようとした瞬間、その扉が開き、出てきた人物と正面衝突してしまった

「いたっ!」
「あでっ!」
互いに体をはじかれ、兼森はその場に倒れこむ
「いてて……」
「ってぇなぁ、たくよ……お?」
正面の男は顔を上げ、兼森をみとめた

「何だよ、見ねぇ顔だな、お前」
彼は首をかしげた
「あ、あの、来週からお世話になる、兼森です」
兼森はとりあえずそれだけを絞り出した
「カネモリ……? 来週からうちに、か」
そうか、そうかと男は兼森を引き起こし、背中を叩いた

「よーし、新入り、よくきやがった! ここでの指導はこの豆生田に任せな!」
その男は、にやりと笑って兼森を見た