バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

【単発】逢魔ヶ刻に止まる刻

目が覚める
太陽は昨日眠った刻にあった位置から数ミリも動いちゃいない
もうこうなって何度目の「朝」なのだろうか
赤い光を避けるように僕は奥の部屋へと引っ込んだ

それは唐突な出来事だった
すべての時計が壊れ、機能しなくなり、同時に太陽が日の入り刻でぴたりと止まって動かなくなってしまった
それからおおよそ三年、季節こそ変われども太陽は動かない
そして太陽が止まって数日後から、不穏な噂が流れるようになった

「血に飢えた人形が街を闊歩するようになった」
「その製造元が刻を止めている」
「あのままでは世界が滅ぶ」

別に、血に飢えているわけではない
僕は知っている。あれはぬくもりを探しているだけなのだ
彼らは人の愛し方を知らない。作り物だから当然のことだ
それが歪んで、人を殺してしまうのである
しかし、噂とは案外当たるもので、情緒が不安定故に血を求める人形がいるのも事実である

カーキ色のコートに袖を通し、ファスナーを上げる
温度の上下がない限り、この服装は崩したことはない
コートと同じ色の帽子をかぶると、仕事道具を片手に街へ出た

衰退してしまったような赤い街は、それでも人で賑わっていた
人の波を縫うように歩く。こちらに気づいた人は頭を下げる
ふと前を見ると、ぽつりと小さな女の子が立っていた
僕は彼女に近づく。彼女の方は気が付かない
大方予想していた通りだろう。僕は生唾を呑み、彼女の肩を叩いた

瞬間、すごい勢いで彼女は振り向いた
目は爛々と輝き、不揃いの歯をむき出しにしてこちらに襲いいかかってきたのだ
僕は素早く身を引き、片手に握っていた「仕事道具」を取り出した
それは軍刀。切れ味は悪いが彼女……、「人形」を壊すには十分だった

人形が正面切って襲い掛かる
僕は軍刀で彼女の体を打ち付け、横に薙ぎ払った
壁にしたたかに打ち付けられる人形
周りの人間は騒いで離れていった。これで少しは戦いやすくなる

人形は反り返るように立ち上がり、こちらを向いた
僕は再び軍刀を構える
人形が飛び込んできた。しかし今度は僕にではなく、前に構えていた軍刀に噛みついたのだ
バキリと音を立てて軍刀に罅が入る
しかし、これも想定の範囲内であった

僕は軍刀を手放し、人形の腹を思い切り蹴り上げた
普通の人形はさほど重くは作られてない。故に彼女は高く放り出される
そうして、僕は人形が放した軍刀を手に取り、地面に伏した人形の首を打ち付けた

ぱらぱらとあたりから拍手の音が聞こえる
僕は気にすることなく軍刀をしまうと、人形を抱え上げてその場を去った

僕は軍人。人形殲滅隊の隊員
目的は、再びあの斜陽を動かすことだ