バ科学者のノート 2冊目

小説をただひたすらに書いていく

#小説

21 口撃

「またお前か、虎屋イズミ!」階下に降りた羽鳥と虎屋は、玄関で男女とはちあった。先方は虎屋を知っているようだったが、いい感情は持ってないと眉間にしわを寄せていた。「義幸に会わせる気はないと言ったはずだ、早く帰れ!」男の方は心底怒っているよう…

20 言えない本音

安藤の両親が外出していると、虎屋に呼ばれて羽鳥は安藤の家に向かった。数日ぶりで安藤の様子はさほど変わっていないようだったが、冷静に考えれば元々白い顔をしていたので、相当前から具合が悪かったのかもしれない。虎屋から話は聞いているらしく、いつ…

19 サラブレッドの苦悩

羽鳥日菜は特別音楽に明るいわけではない。だから、ある程度有名なバンドの名前は聞いたことあれど、著名なピアノ奏者とか、バイオリン奏者まではよくわからなかった。安藤の親がそういう「有名人」だと知ったのも、虎屋の誘いで食事に行った時のことだ。「…

18 その夜、青い鳥と暗闇の主

「どうしたの、日菜? いつもよりニコニコして」「えへへぇ、嬉しいことがあってさぁ」母親に言われるまでもなく、羽鳥は自分で頬が緩んでいるのに気づいていた。理由は言わずもがな、安藤の誘いで結成されたユニットである。トイプードルのクッキーちゃんを…

17 救世主、集う

ユニットを組むにあたって合わせたい人がいると虎屋に言われ、羽鳥は安藤の家に呼ばれた。安藤と虎屋と部屋で待っているとチャイムが鳴ったなので虎屋は慣れた様子で出迎えに行く。「いつも、こういう感じなんですか?」「うん。お客さんが来たらイズミが応…

16 彼女を変えた「何か」

「……もしもし」その夜、丸久は久しぶりに電話をかけていた。緊張しいの丸久は電話を嫌う。だが、大事なことと緊急のことは電話の方がいいとも思っていた。『もしもし? 夏子ちゃんからかけてくるなんて珍しいね』「相談事が、あって」 電話の相手は幼馴染の…

15 怖がりな完璧主義

丸久は絵と機械が好きだった。規範意識が強く校則を細部まで守らなければならないと強迫観念まで抱えていた。きっちりと校則を守る丸久を馬鹿にする生徒もいた。丸久は思っていた。どうして規則を破ることが怖くないのだろうと。縛り縛られた丸久の楽しみが…

14 ネガティブ・アーティスト

「きいてる、なっちゃん?」虎屋にそう言われ、なっちゃんと呼ばれた女生徒が首を縦に振る。「聞いてるよ。また依頼でしょ?」「……嫌?」「嫌じゃ、ない。嫌じゃない、けど……」俯くことで顔に差す影が、光を反射する眼鏡に顔を隠させる。丸久夏子は虎屋イズ…

13 青い小鳥の救世主

チャイムのなる音が聞こえたのでドアを開けると、久しぶりに見る顔がそこにいて驚いた。「羽鳥ちゃん」「黒部先輩。ちょっと、相談に乗ってもらっていいですか」「……上がって」 大量のCDと、ギターと、大きいパソコンが一台。黒部進の部屋は「ミュージシャン…

12 歌うことの責任

「ええっ!? ユニット!!?」「こら、声が大きいわよ」ひっくり返った声で絶叫した羽鳥の口を虎屋は流石に塞ぐ。だが、羽鳥が椅子から転げ落ちそうになるのも無理はない。「前に録ってくれた歌、覚えてる? あれ、よしくんのチャンネルですごい勢いで伸び…

11 荒削りの宝石

「……なーにが迷ってた、ですって?」息切れするほど大声で歌ったのは初めてかもしれない。でも、うるさくはなくて。一人その歌声を聞いていた虎屋はにやにやと笑いながらこちらを見ていた。「今の歌い方、サイコーじゃん。最初のうちはなんか迷ってたみたい…

10 先輩の教え

『そう、苦しいかもしれないけど、ここまでは一息で歌い切って』彼は私の先輩だ。音楽室で歌っているところを見てからずっと憧れで、その想いを伝えたら、私に歌を教えてくれるって言ってくれた。先輩は「アベルとカイン」というネットバンドのボーカル。ま…

9 イメージ・ギャップ

「貴方はかーぜのようにー……。うーん、ちがうなぁ」楽器店の貸しスタジオで羽鳥は歌詞カードと睨めっこをしていた。歌収録機材を一通り持ち込んで録音しては再生確認を繰り返している。だが。「……なんかイメージと違うんだよなぁ」小さくつぶやく羽鳥。 曲の…

8 初めての曲

「……」羽鳥は殆ど呼吸ができていなかった。作曲家である安藤からの突然の申し出。あの有名P「&」の曲を、虎屋が歌詞を書いて歌ってほしいという、不意を突かれた申し出。(虎屋を巻き込んだのは偶然だろうか)混乱のまま承諾して二週間。彼女のチャットに安…

7 音楽家としての両片思い

数分後。羽鳥と安藤はすっかり音楽の話で持ち切っていた。連れてきた張本人の虎屋は話題に入らず、ただ微笑んで二人を見ている。「私、本当に素人で、音楽のことも分からなくって」「でも、好きなんだよね、歌うことが」「そうなんです。……はずかしいです」…

6 引きこもりの作曲家

どこにでもある住宅地の普通の一軒家。羽鳥はそんな印象を受けていた。通話から数日後、羽鳥と虎屋は綿密に計画を練って虎屋の幼馴染の家に足を運んでいた。 「ここに、幼馴染さんが?」「うん。ひなちーに会いたがってたんだ」「私に? ……変態じゃないよね…

5 あなたがいいんだ

『へぇ、やっぱりひなちーってこの系統の曲好きなんだ』スマートフォン越しの虎屋との通話。彼女ともかなり仲良くなっていた。数度の小さな喧嘩を重ねた程度だが、お互いのことを分かってきたような気がする。勿論、羽鳥としては、だが。「イズミちゃんはど…

4 はじめてのオフ会

SNSで知り合った人間とオフで会うのは初めてだ。危なかったら逃げなさいと預けられた防犯ブザーを握りしめ、羽鳥は待つ。SNS上では気さくな女子高生のようだったが、彼女が書いているという小説は高校生が書くレベルのそれではなかった。「山月ちゃん……。一…

3 私がファン一号だね!

羽鳥は戸惑っていた。いや、「戸惑っていた」では語弊があるだろうか。困惑、疑問、確かにその通りなのだが、決して羽鳥の中にあったのはマイナスな感情ではなく、むしろプラスに働くものだった。 数日前、SNSを立ち上げるとメッセージが一件届いていた。中…

2 引き合わされた出会い

「よしくん」一つの家の前で女子高生が声を上げる。二階の網戸が開き、青年がこちらを一瞬だけ見て引っ込む。しばらくすると鍵が開く音がしたので、彼女はゆっくりとドアを開けた。「久しぶり。最近ちゃんと食べてる?」虎屋イズミはコンビニの袋を安藤義幸…

46 仮初の平和

世界はまだ平和になっていない。 忌み子への差別はこれからゆっくり撤廃しなければならないのだ。焦ってはいけない。自分たちの心には確固たる自信がある。 「忌み子だって、人間だ」 「浩太さん、洗濯物干しておきました」華村が顔を出すと、浩太は笑顔で彼…

『泣かないで』:田辺雄介

俺の相方は、昔はよく泣いた。 恐怖に駆られて泣きながら俺のところに来て、そのたびに「泣くな、泣くな」と背中をさすっていたことを覚えている。……まぁ、恥ずかしいからって相方には口止めされているが。 と思っていたのだが、とあるバラエティで相方は、…

1 私の歌を聞いて

「ひなちー、また音楽聞いてるの?」羽鳥日菜はどちらかというと大人しい高校生である。友達とのおしゃべりも読書も好きだが、気が付くと彼女はいつも音楽を聴いていた。「ひなちーって、どんな音楽聞くの?」「聞いてみる? 多分、みんな知らないバンドだけ…

『こんな屈辱って』:柴崎左京

「夢を見ていたのは認めますよ。僕は誰でも助けられると思っていた」 左京とこんなところにやってくるのは初めてじゃないだろうか。ちょっとだけ愚痴を聞いてくれ。左京からその言葉が出るのがあまりにも稀有で、思わずその場で頷いてしまった。 左京は酒に…

45 陥落

「……」「……」 五月が恐る恐る目を開けると、自分の襟首をつかんだまま殴ってこない浩太がまだそこにいるのを見た。最後の砦として仕込んでいた罠にもかからず確実にとどめを刺せたであろうはずなのに、この男は寸でのところで自分への攻撃をやめたのである。…

『構ってよ』:青

江戸紫と外で食事をするのは久しぶりだ。 食事は食事、お喋りはお喋りとちゃんと気持ちを切り替えるのはマナーのいい証拠か。とはいえ僕があまりしゃべらないので仕事の愚痴から交友関係まで、いろんな話を聞いた気がする。 だが、結局食後のバーにまでつい…

『教えて』:伊藤乙哉

ひとりのしょうねんがおりました しょうねんはせいちょうがとまってしまっていました だから、どこをみても、なにをみても、しょうねんはめをかがやかせました そんなしょうねんにはあるくちぐせがありました 「兄貴!」 嬉しそうな顔をして乙哉が楽屋に入っ…

『思いっきりアウト』:入不二右京

芸人たるもの、いつどんな仕事でもこなせるようにならねばならない。 分かっている。若手芸人の域に入る俺にだってそのことは分かっている。そこにプライドが介入するなんてもってのほかだ。 わかっている、のだが。 「フリーハグ、だと?」 街頭出没系バラ…

悠久を生きる人魚の世界

「みっちゃんはすごいよね。走るのも速くて、歌もうまくて、いつまでも美人で。羨ましいよ」 「でも、友達はいなかったよ」 「え?」 「その時は、皆物珍しそうなものを見るように私を見ていた。話しかけたら喜ぶけど、アイドルに……ううん、珍獣に話しかけら…

プロローグ

口ずさむフレーズは、ちょっと流行を先取りした配信サイトで聞いた音楽。音楽はいい。私の心を明るくさせてくれる。そんな音楽をもっとみんなに届けたくて。 最初は軽い気持ちだった。自分の好きだった音楽を、自分の声でなぞって、発信しただけだった。まさ…